どこからか鼻歌が聞こえて来る。それにつられるように累は足をそちらへ進めた。腐敗した学院で珍しいくらいに綺麗な旋律を奏でるその人物が気になって。
少し歩いていくと、人気のない校舎の裏で目的の人物は見つかった。太陽のような鮮やかなオレンジ色の髪をした彼は手にした小石を壁に叩きつけて白い音符を綴っていた。そして自分の足元をよく見ると、その音符がそこらかしこに散らばっていた。真っ直ぐな線に乗せられた音符を見て、すぐに楽譜であることがわかった。

累はその音を拾い小さく鼻歌でそれを奏で始める。五線譜を辿っていくと時折急に跳ね上がるように音が高くなる箇所があり、しかしそれが絶妙に曲の中で活きていて、とても楽しい曲だった。
夢中になりながら地面に描かれた音符を辿っていた累だったが、ふと視線を上げた。
するとばちりと視線がかち合う。いつのまにか手を止めていた彼は男にしては中性的な顔立ちで、少しつり目なまん丸な瞳が累を見つめていた。あまりにも見つめてくる彼に累の気分は一気に急降下する。

「なに?」

冷たい目で累は彼を射抜いた。しかし彼は全く気にした様子もなく、ふらりと累に向かって、それから−−−突き出された彼の手は累の胸を捉えていた。
すぐさま反応した累は、

「なにするのよ!!!」

そう言って彼の腕をとると捻り上げた。

「ちょ、暴力反対!!!」
「変質者にはこれくらいが妥当よ」
「だってびっくりするだろ〜アイドル科は男しかいないはずなのに女がいるんだもん〜!」
「だからって本当に私が女だったらどうしてたのよ」

累がギリとさらに腕を締め上げるとギブギブ!と声を上げる。それにため息をつきながら、仕方なく累は手を離した。
彼が誤解するのも理解はできるから、多少なりとも……本当の本当にほんの一ミリほどは累にも非があると感じたからだ。
と、いうのも、それは彼の容姿にあった。累はこの夢ノ咲学院のアイドル科に籍を置く。つまりは男である。それにも関わらずに彼が着用していた制服は普通科の女子などが着る女子用制服であった。スカートから覗くすらりとした足がその証拠である。また、ふわふわと癖のある胸元まである髪を2つに結い上げており、ぱっと見は女にしか見えない。男であるのにも関わらずそのような格好をしているが、彼の整った中性的な顔立ちは違和感なく着こなしていた。

「酷い目にあった!」
「自業自得じゃない?」
「うるさい!そりゃそうだけど手加減ぐらいしろよな!跡ついてそう」
「まあ、それは悪かったと思うけど…」

流石に悪いことをしたかもしれないと累の声は小さくなる。累は女の子のような格好をしていても、性別は男であり、力もそれくらいあるのだ。

「悪いと思うならもう一度歌え!」
「はあ!?それとこれとは違うし、ていうか聞いてたの?」
「途中からだけど。ちょ〜綺麗な音だった!できれば鼻歌じゃなくて歌声で聞きたいけどまだ歌詞はないんだよなあ」
「というかなんでこんなところで作曲してるのよ」
「思いついたから!さっきそこに猫がいたんだ。近づいたら逃げちゃったんだけどその時のジャンプがすごかったからできた歌!」

ああ、だから所々急に飛び上がるように音が高くなるのだと累は納得した。

「だからってこんなところに書かなくても」
「消える前に書かないともったいないだろ?でもまあ確かに言われる通りなんだよなあ」
「せっかくいい曲なのにもったいない」

きっとすぐに足で踏まれたり、雨や風に晒されることで消えてしまうだろう。その前にちゃんとした楽譜に写して欲しいと累は思った。

「ほんとか?ならこの曲はお前にやる!」
「いや、それは遠慮するわ。私には似合わないもの」

累は可愛いを売りにしている。それに対して目の前にある曲は少しポップでそれこそ目の前にいる彼のようにはじけるようなイメージを持つ者にこそ似合う。
だいたい作曲してもらうには通常金銭が発生するものだ。こんなに簡単にもらったりあげたりしていいものではない。

「確かに…そうだな…お前にはもっとこう……」

彼の脳内では音符が生まれ始めたのだろうか、表情がとても楽しげなものになってきて、瞳がキラキラと輝き始める。

「これは名作が生まれる予感…!出来たら必ずお前にやるから!」

彼はそう言い捨てると累を置いて駆けていく。人の話を全く聞いていないと呆れる累。そういえば彼の名前を聞き忘れたなと思った。

残された累は主人の居なくなった音符たちに視線を向けた。見ているとつい、歌い出したくなる。こんなにわくわくする曲に出会ったのは初めてかもしれないと累は思った。




あの衝撃的な出会いから数日経ったころだ。

累は校舎を歩いていた。今日はレッスン室を予約していたのでそこへ向かっている。その道中でだ。

「見つけたぞ!お前!」

累はその声に聞き覚えがあった。と、いうか忘れるわけがなかった。
興味のないことはその人物の名前どころか存在まですぐに忘れてしまう累であったが、あの太陽のような男に会ったことは鮮明に思い出せた。それくらい彼の曲を気に入っていたからだ。時折携帯のカメラフォルダにある、地面と壁に描かれた楽譜を撮ったものを見返しているくらいだ。

それはその男の声だった。

振り向くと目の前にはオレンジ色。

「きゃあ!」

それに気づく頃には累は悲鳴を上げていた。
それはぎゅうぎゅうと累に抱きついて楽しそうに笑い声を上げている。

「ちょっと!急になに!」
「会えてよかった!セナに聞いてもわかんないって言うんだもん!」
「レオくん!待ってって言ってるでしょ!」

彼に抱きつかれていると怒鳴るような声が聞こえてきた。その声に彼は笑顔から一転、むつけたような顔をして累の後ろに回った。
そうすることでようやく視界の開けた累はその怒鳴り声の主を見ることができた。グレーのふわふわとした髪と整った顔。アイスブルーの瞳は怒りで吊り上がっていた。

「今日レッスンだって言ったよねえ?」
「そんなことより俺はこの曲をこいつに渡さなきゃいけないんだよ!ばーか!セナなんかバナナの皮で足を滑らせて転べ!」
「あんたねえ!」
「ちょっと私を挟んで喧嘩しないで!」

あっという間にカオスな空間の出来上がりだ。
累が怒りをあらわにしたところで向かいの男はため息をつく。

「あんたは関係ないのにごめんねえ。そこのアホが会いたいって言ってたのはやっぱりあんただったんだ」
「えっ!セナ知ってたの!」
「知ってるけど確かじゃないから言わなかったの!用事あるならさっさと終わらせてくれない?」
「そんなこと言うならセナにはぜーーーったいこの曲見せてやんないから!」

そう言って彼は怒りながら累の後ろから顔を出してべーっと舌を出して見せる。すると、動いたせいで彼の手にしているものがかさりと音を立てた。
彼の言葉で累にはそれが何かピンと来た。曲、ということはきっと楽譜である。あの時の曲なのか、はたまた全く違う曲なのか。分からないが、累の視線はそれに釘付けになっていた。

「おっ?気になる?お前のために作った歌だぞ〜」
「本当に作ったの?」
「そう、お前のための世界に1つだけの歌!」

さっきとはうってかわってにかりと歯を見せて笑いながら累の目の前にそれを出す。
それはとても可愛らしい曲だった。女の子が一生懸命大好きな人のために可愛くなろうと努力する歌。累も、大好きな人ではないがファンのために自分を磨くことに余念はない。だからとても共感できる歌だった。自然と頭の中にメロディーが溢れ出してワクワクが止まらない。

「ねえ、あんたの名前、教えてくれない?」
「そういえば行ってなかったっけ!月永レオ。あんたは?」

累は心の中で彼の名前を反復する。学院に来て人のことを覚えない累が初めて覚えた名前だ。この男はすごい、自分に見たことのない世界を見せてくれる、累はそう思った。

「私の名前は広瀬累よ」
「ルイ!よろしくな!」

太陽のような笑顔が累に向けられた。
そして累もとびきりの笑顔でそれに応えた。


20201030

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