累が帰宅しようと学院の門を目指していると嫌なものを見てしまった。累は目の前に現れた人物に思い切り顔をしかめると、視界から彼を外すように早足に横をすり抜けていく。

「無視しなくても良いと思うんじゃが」
「話したいならあんたから話しかければいいでしょ?私が話したいことは一つもないわ」

足を緩めることない累にしゅんと悲しそうな顔をした零だったが、残念ながら前を向いている累には見えなかった。まあ、例え見ていたとしても怪訝な顔をされてまた無視されていただろうから、結果は変わらないだろう。

「つれないのう」
「いつものことでしょ。要件がないなら話しかけないでよね」

累はつんけんとした態度のまま足を進める。
零はその後をゆっくりとついて行った。
累がピタリと足を止める。
零も同じように足を止めた。
累はくるりと振り返ると、これでもかというくらい零を睨みつけた。
零は少し小首を傾げると、とぼけたように笑ってみせた。

「ちょっと、」
「なんじゃ?」
「すっとぼけなくても怒ってる理由くらい想像がつくんじゃない?」
「はあ…そんなに嫌かのう…」

再度しゅんと悲しそうな顔をした零。今度こそ累はそれを見ていたが、フンっと鼻を鳴らしてまた歩き出す。

「暗くなってきたし気をつけて帰るのじゃぞ」

ようやく観念したのか、零は累にそれだけ投げかけると、それ以降追ってくることがなかった。次追って来たら累の足蹴りか炸裂していたであろうから、良い判断あったと思われる。
ただ、昔はもう少ししつこくて、絶対家までついてきたろうにと、なんだかつまらなく思えてしまって、累は慌ててその思考を振り払った。



しかしこの後、零がいないことを少しだけ後悔するとは累は思いもしなかった。

学院から駅までの道はさほど遠くはないが、夕方を過ぎると暗いところもあり、決して安全とは言えない。

「お姉さん可愛いねえ、夢ノ咲の制服ってことは音楽好きなの〜?」
「いや、こんだけ可愛かったらアイドル科じゃねえ?」
「ばっか、アイドル科は男子しかいねえっつーの」

夢ノ咲についての知識はあるようだ。しかし、その、アイドル科の生徒であるということに男たちは全く気づかない。
ゲラゲラと笑いながら累を囲うように話しかけてくる男たち。彼らも制服をまとっているところから、年はそう離れていないだろう。ボタンを開けていたり、だらしなくズボンを履いていたりと、見た目からよろしくないのだということがわかる。

累はこれでもかというくらい嫌悪感を顔に出していた。
話をするだけ無駄だと無視をしたくても、三方向から囲まれているので動くことができない。
もしもこの場に零がいたら絡まれずに済んだのかもと一瞬累の頭をよぎったが、あいつと帰るくらいなら目の前の男たちをのして帰る方がましだと思う。

「ちょっと遊ばない?少しだけでいいからさ!」

男の一人が累の肩に手を置こうとする。
累はそれを見逃さなかった。累は何と言っても足癖が一番悪いが、それだけでなく男一人ぐらいならなんの問題もなく地面にひれ伏せさせることができる。
これも劣悪な過去の夢ノ咲の環境が生んだことだ。それは感謝してもいいかもしれない。
そう思いながら累は伸びてきた手を掴んでひねり上げようとした時だった。

「その汚い手で触れてくれるな」

肩を後ろに引かれる感覚がした後、横から伸びてきた手が男の腕を掴む。ギリギリと力強く掴む腕をたどっていくと、妖しげに笑う零と目があった。月夜に馴染む黒髪に、ギラリと光る赤い瞳は夜闇の魔物と言っても過言ではない。

悲鳴をあげた男たちは急ぎ足で逃げて行く。累はそれを冷めた目で見送った。

「あれじゃ跡ついてるわよ…こっちが危害を加えたみたいに見えるわ」
「正当防衛じゃよ」
「そうね」

クツクツと笑う零はに悪びれた様子はない。そんな零を先ほどの男たちと同じような、いや、さらに軽蔑するような目で累は見ていた。

「いつまで触ってんのよ」

累は肩を抱く零の手を振り払った。

「本当にストーカー?」
「やれやれ、その言葉少し酷くないかえ」
「いやだって」

隣にいればいいものの、こっそりつけてくるなんてたちが悪い。

「まあ、お主が無事ならいい。ここまでくればあとは大丈夫じゃろうし我輩は帰る」

これ以上累の機嫌を損ねる前にと零は踵を返して学院への道を戻ろうとする。

しかし後ろから強く腕を引かれてそれを止められた。止める人なんて今この場に累しかいない。しかし累が止めるなんてと珍しく驚いたように目を見開いて振り返る零。

振り返った先には零の腕を抱きそっぽを向いている累が確かにそこにいた。

「ちょっと、」
「なんじゃ?」
「守るっていうならちゃんとそばにいて守りなさいよね」

零の腕を抱いたまま累は歩き始める。
これは累の、本当にただの気まぐれである。

びっくりした顔をして引きずられるようにして歩いていた零だが、すぐに蕩けるような笑みを見せると、累をエスコートするように歩き出した。



20190730
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