宗が累の家のチャイムを鳴らして少し、ガチャリと開いた扉からは累が顔をのぞかせた。
「おはよう」
「おはよう。準備はできているだろうね」
「ええ、一応。でもせっかくだからいつもみたいにお願い」
「はあ…まあ構わないのだよ」
累は満足げに笑うと玄関の戸を大きく開けて宗を招き入れた。
累と宗は、喧嘩するほど仲が良いというように、言い合いをすることは多くても、共に出かけたりすることがある。
その時に決まって、累は宗にコーディネートに合わせたヘアアレンジをお願いしている。と、いうのも累は自分で髪をいじるのが苦手だった。人より毛量が多い上に癖毛でいうことのきかない髪を整えるのは難しく、上手い人にやってもらう方が効率的なのである。さらに、宗は文句を言いつつも、累の顔は気に入っているので、そんな累を綺麗に着飾れるのは楽しいらしく、その日の累にあったアレンジを施していた。
慣れた手つきで累の髪をまとめていく宗。累も大人しくされるがままである。
「そういえば今日はマドモアゼルは?」
「ああ、休日の人混みに連れて行くわけにはいかないだろう」
「確かにあの子には危険だものね」
「ああ…。よし、いいだろう」
宗の言葉に累は鏡を見る。編み込みのハーフアップにリボンが付いていてとても可愛らしい。それに満足した累は微笑みながら後ろを振り向いた。
「うん、そしたら変わって」
「は?なにをだね」
「立ち位置」
楽しそうに笑う累はひらりとスカートの裾を舞わせながら立ち上がる。宗は累の言うことに疑問を持ちながらも、とりあえず累の座っていた椅子に着いた。
「いつも私ばかりだしたまには私がやってもいいでしょ」
「何かと思えば…」
「いいじゃない。お礼だと思って」
「お礼になると思っているのかね。そもそも自分で結えばいいだろうに」
「他人にやってもらった方が上手にできるし速いんだもの。これだけは苦手と言ってもいいわ」
プライドの高いはずの累がそう言うということはよほど苦手なのだろう。
基本的にはどの結び方もじぶんですることができる。しかし圧倒的な毛量を前に編み込みやアイロンで巻いたりなどすることが大変で、できることなら他人にやってほしいと思ってしまうのも仕方がないと言えるのかもしれない。それくらい累の髪は一癖も二癖もあるのだ。
「この髪が恨めしくて仕方がないの。渉を見ていると引きちぎりたくなるわ」
「あいつのことだから切ったところでいくらでも伸ばしそうだがな」
「…それもそうね」
むしろもっと切ってもいいのだとばかりにありえないぐらい髪を伸ばして遊び始めそうだと思った累はそれ以上言及することはやめた。
話しながらも累は手を止めていなかった。ワックスを手に取ると、宗の前髪をあげてオールバックにする。
「我ながら絵になりすぎて怖いわ」
「まあ、僕らであればこれくらい当然だろう」
完成した鏡を見て二人は自画自賛する。累も宗も自分には自信があるとあり、さらにそれをお互い認めているため、その発言を咎めるものは誰もいなかった。
しかし彼らそう言っても過言でないくらい、それはもうとても美しい二人が鏡には写っている。
宗はオールバックにしたことで普段より大人っぽく仕上がっており、累は編み込みをしたハーフアップでどこかの令嬢のような雰囲気である。
「せっかくだから写真撮りましょ」
よほどお気に召したのだろう、累は上機嫌に鼻歌交じりに携帯のカメラを起動させる。
それに宗はため息をつきながらも、楽しそうな累に何を言うこともできず、仕方なく付き合うのだった。
20190917