予定のない放課後。累が学院近くでショッピングを楽しんだその帰りだった。
累の隣の車道にゆっくりとスピードを落とした車が止まるや否や、その車から伸びてきた腕に腕を取られる。それから累は勢いよく引っ張られて車の中へと消えていった。

と、ここまで見れば誘拐の一部始終のようである。
しかし、累はこれが違うと断言できた。

「茨」
「はい、なんでしょう広瀬嬢」
「毎回誘拐まがいのことをするのをやめてくれない?通報されても知らないわよ」
「いえ、その辺は抜かりなく」

何が抜かりなくだ、と思いながら累はとなりに座る茨をじとりと見やる。それに動じる様子は茨に見られなかった。

「累ちゃん、久しぶり」
「ええ、久しぶりね、凪砂」

声をかけられた先、茨のそのまた隣には凪砂が座ってにこりと笑っていた。
彼らと累はそれなりの仲である。私生活とアイドル姿の異なるという共通点から話していくうちに、たまに話す友人にまでなっていた。累が彼らのことを名前で呼んでいることからもそれなりに気を許していることがわかる。

「今日はこの後お暇ですよね!」
「ええ、そうね」
「ちょうどこちらも予定がありませんので少しお話でも」
「それは構わないけれど。急に来るのをやめてって毎回言ってるでしょ」

どこから情報を得るのだから知らないが、彼ら、いや茨は累が暇なときにこうして誘拐まがいのことをしてお茶に誘う。ちなみにたまに話す、というのは誘拐されたときのことをいう。つまり、毎回である。

「でも、そうでないと逃げそうじゃないですか」
「そうかしら」
「無理にお誘いしていますからね。過去の行動からも予測できます」
「誘いが無理矢理なのは自覚しているのね」
「これは失敬!」

本当に食えないやつだと累はまたじとりと茨を見た。
確かに累が嫌う天敵のあいつ、だとかあまり仲良くもない人であれば断るないしは逃げる選択肢が出てくるだろう。しかし、累の中で茨や凪砂は一緒にいても煩わしくない存在である。そうでなければ誘拐されているのにも関わらず、こうしてゆっくりと話していない。

「じゃあはっきり言っておくわ。今度からは普通に誘いなさい。意外とあんたたちのこと気に入ってるのよ」
「わっちょっと、広瀬嬢!」

隣にいる茨の頭をわしゃわしゃ撫でる累。茨は焦ったように累の手を払おうとする。いつもニコニコと作ったような笑顔を浮かべている茨にしては珍しいなと楽しくなった累は抵抗に負けじと撫で続ける。
楽しんでいた累だったが、ふと茨の奥に目を向けると、凪砂が頭を差し出しているのが見えた。

「え、なに、」
「…違った?」

こてんと首をかしげる凪砂。確かに累が先ほど言ったあんたたち、の中には凪砂も含まれるが、まさか頭を差し出されると思わなかった累は驚く。しかし別に撫でることには問題がないし、凪砂の純粋なその目に、少し、いやかなり心を揺らされた累は、そっと凪砂のことを撫でた。
こういう純粋な目に累は弱い。よく友人の水色の彼にもこうしてねだられて絆されることがある。まあ、あっちの場合は狙ってやっているのでタチが悪いが。



さて、幾分か車を走らせてたどり着いたのは秀越学院だった。彼らのお茶は大抵この秀越学院の凪砂たちの部屋で行われる。累の容姿のこともあって、スキャンダルうんぬんを考えてのことだ。

いつも通り、車から降りて彼らの部屋へと向かうはずだった。

「凪砂くんおかえり!遅いと思ったらそういうことだったんだね!」

車を降りた累たちをで迎えたのは少し拗ねたような表情をして腕を組んだ男だった。

「最近、凪砂くんをたぶらかしている子がいるって聞いていたけど君のことだよね!悪い日和!」
「はあ?なんなのこいつ」

累はあからさまに向けられた敵対心に嫌悪感を抱く。
凪砂を盾にするようにして彼の後ろに隠れた。
どこかで見たことがある、ああ、そうだ彼もアイドルだとすぐに思い出せたのは累にしてはよくやったという評価に値するだろう。
敵対心を隠すことなく向けてきている彼の名前は巴日和。Eveとしてアイドル活動をしており、また、AdamとEveを合わせてEdenとしても活動している。だから累は始めの頃に凪砂たちについて調べた時に、日和の存在も調べていたし、そもそも凪砂と日和は友人であるので、よく聞く名前であったために、記憶によく残っていた。

「たぶらかすってなによ。むしろ私の方が被害者なんだけど」
「そんなもの知らないね。僕の許可なしに勝手に仲良くしてるなんて許せないね」
「こっちだって知らないわよ」

どうやら累と日和はそりが合わないようだ。間に挟まれた凪砂はおろおろとしている。

「おひいさん、初対面の人に食ってかかるのやめてください。恥ずかしいです」
「広瀬嬢も落ち着いてください」

累は茨に宥められる。それと同じように日和の方を宥めるのは、同じユニットに所属するジュンだった。

「だってね、ジュンくん。せっかく僕が凪砂くんに会いにきたのに邪魔者がいるなんてよくないよね!」

日和は凪砂に近づくと、彼の腕をとる。
そんな日和にカチンと来た累は反対側の凪砂の腕をとって対抗した。

「邪魔者は酷いんじゃない?先約があるならまだしも、勝手に来て勝手に言ってるだけじゃない」
「それは僕と凪砂くんの仲だからね!」
「知らないわよ」
「あ〜とりあえず玄関口での言い合いは邪魔なので中に入りましょうね〜」
「閣下、進んでください。いつものお部屋で構いませんので」

どちらが年上だろうかというように、茨とジュンに背中を押されて凪砂を挟んで累たちはようやく動き出した。歩いている間も二人の言い合いは止まらない。

「同族嫌悪っすかね」
「こうなる気がして殿下との鉢合わせは避けていたんですけどね」
「ナギ先輩が可哀想…」

彼らの後ろで茨とジュンが呆れながらそんな会話をしていたことは、騒いでいる累たちには聞こえないのだった。


20190122


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