いつもの通りレッスン室に入って顔を上げると、みんなの視線が不審者を見るような目だった。

「え、あの、おつかれさま」

それに戸惑いながら声をかけると、まず最初に動いたのはひーくんだった。
ずんずんと私の方へ歩いてきて私の肩を掴む。その表情はあのいつも飄々としているひーくんにあるまじき動揺が写し出されていた。こんなひーくん初めて見た、一生忘れられなさそう。

「碧衣だよね!ウンウン、だって声がそうだったからね!なんで髪が短いのかな!?」

迫真の表情で迫られて思わず身を引いてしまう。しかし肩はひーくんに掴まれているので全く意味はなかった。

「え、いやあの、短い方が学院に馴染めるかなあって…」
「確かにそうかもしれないけれどね!そういうのは僕に相談してくれないかな!せっかく綺麗な髪だったのに!悪い日和!」

綺麗とか美人のひーくんに言われてもなあとか思いながらごめんと謝る。確かにいきなり切ったのは驚かれるかもしれないけれどこんなにも驚がなくても。

「まあ切っちゃったものは仕方ないね。その長さもも似合っているよ!」
「うん、ありがとう」

そこで、よくやくひーくんに解放された。入り口にいるのも邪魔かなと思って中に入る。すると、今度はなーくんが近づいてきた。

「碧衣?」
「うん、そうだよ」

なーくんは私の襟足をさらりと撫でる。

「もったいない」

彼は私の手を引くとレッスン室の隅に座る。手を繋がれていた私も同じように座ってしまうわけで、私はなーくんの足と足の間にすっぽりとおさまるように座らされた。それからなーくんは私の襟足をさわさわとし始める。ああ、これは満足するまでやめない感じだな。

「大胆に切ったね」
「うん、これを期にショートにしてもいいかなと思って」
「ショートもとても似合ってますけどやっぱり勿体無いって思っちゃいますね〜」

えーちゃんとつーちゃんも私の元へやってくる。
誰からも似合わないと言われなくてすこしだけ安心した。
えーちゃんは私のことを観察する用にじっと見ている。すこし恥ずかしいなあと視線を下にそらした。

しかし、

「いっそアイドルデビューするかい?」
「はい!?」

えーちゃんの爆弾発言に思い切り顔を上げた。なーくんが髪をいじっていたから引っ張られて痛かった。

「別に誰も生徒の顔なんて覚えていないし、碧衣ちゃんってそんなに女性的な体つきではないから女の子ってばれないと思うよ」
「…!!!!」

そりゃあ確かに胸もないし、女の子にしては身長が高いけど!だけど!
酷い発言をしたえーちゃんはにこにこと人当たりのいい笑顔を浮かべる。えーちゃんの発言に焦ってるのは隣にいるつーちゃんの方だった。

「えーちゃんデリカシーなさすぎ!」
「そうだよ英智くん!いくら碧衣の胸が小さいからってそういう言い方は良くないよ!」
「ひーくんも変わんないよ!!!」

後ろからフォローしにきたであろうひーくんだけど、言ってることはえーちゃんと変わらない。

「ぐす…もうなーくんだけが私の癒しだよ…」

ふてくされて後ろにいるなーくんの胸に顔を埋めた。

「僕は別に碧衣の胸がどんな大きさでも気にしないよ」

ポンポンと頭を撫でてくれたなーくんはそう言うけどそういう問題じゃないんだよ。なーくんだから許すけど。

「いつも言ってるけれど碧衣は凪沙くんに甘すぎるね!僕にももっと優しくするべきだよ!」

ひーくんはそう言いながら、私のほっぺをつねりながら伸ばした。
私に優しくないひーくんに言われたくないんだけど。

「ひーくん、いひゃい!」
「僕はこんなに可愛がってあげてるというのに」
「うしょちゅき!」
「いつも思うけど碧衣ちゃんのほっぺはよく伸びるよね」
「ほんとだすごいね、碧衣」
「凪沙くんも英智くんも観察してないで助けてあげてくださいよ!」

ううっ、なーくんの裏切りにあったいま、信じられるのはつーちゃんだけ。

こんな日常が、私たちの日常である。



20181020

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