校内に入るには許可証が必要ですと突き返されたのがほんの少し前。私は夢ノ咲学院アイドル科の校門前で立ち尽くしていた。アイドル科は人気のアイドルもいるため、安全のために許可証がない人は通れないらしい。そんなこと一つも聞いていなかった私はこうして携帯片手に呼んだ相手へと文句の言葉を飛ばすしかなかった。細かな手続きをすれば入れるらしいけど聞くだけでめんどくさかった。
「二人ともこういうところが抜けてるんだから…」
「どうかしたのかい?」
ぷんぷんと送りながら返信を待っていると、見知らぬ美少年に声をかけられた。さらりと流れる金髪に整ったお顔。まさしくアイドル〜と言わんばかりの顔だ。
「もしかして中に入りたいのかい?」
「あ、はい。ひーくんとなーくん…えっと、巴日和と乱凪砂の友人なんですけど知ってたりしますか?」
彼が二人と知り合いかなんて一か八かの賭けだが、あの二人から返信が来る確率より高いはずだ。それくらいあの二人はマイペースなのだ。いつも振り回されるのは私。困ったものだ。
「日和くんと凪砂くんなら知っているけど…ああ、確かに今日旧友が来ると言っていたかも…君のことなんだね」
本当に返信が来るより早かった。彼はどうやら二人の知り合いらしい。
「たぶん私のことだと思います」
「僕なら入れてあげられるよ」
「えっ本当ですか?」
「うん、学生証を作ればいいんだろう?それくらいできるけど…校内に女の子がいるのは不自然だなあ」
さらっと学生証を作ると言っていたけどいいのだろうか。
「あの、」
「そうだ、夢ノ咲の男子制服をあげるからそれを着たらいいよ。そしたらアイドル科の生徒にしか見えないし。髪が長い生徒もいるから問題ないよ」
さらに不法侵入を進めてきてるけどいいのだろうか。しかも私の話を聞いてくれないし。
「え、あの、すみません、」
流石に見ず知らずの人にそこまでしてもらうのは申し訳ないと断ろうと思ったのだが、彼は私の声など聞こえていないとばかりに携帯を取り出して電話をかけ始める。彼もひーくんとなーくんに負けないくらいマイペースだ…。
しばらくすると校門脇に黒塗りの車が止まる。中から出てきたのは紙袋を持ったスーツの男性。美少年はその彼に手を上げて挨拶をした。
「うん、言った通りのものだね。ご苦労様」
「え、あの、ちょっと待ってください」
「早速手配したから着替えてきたらいいよ」
「いやいただけませんって」
「なんで?せっかく用意したのに。これで中に入れるんだよ」
「いやだって…不法侵入はいけないでしょう…」
「いらないならこれは処分するだけだよ」
「うっ…それは勿体無い…」
ちらりと彼の手にある紙袋を除くと本当に新品の制服が入っていた。そしてその上に鎮座する学生証。なんかいい感じの写真が使われていた。個人情報ダダ漏れじゃないか。
それで、これを捨てる?もったいないにもほどがある。夢ノ咲って私立だし制服だけでもそこそこなお値段がしそうだし。
「何がいやなんだい?」
「逆に聞きますけどなんで見ず知らずの私にこんなにしてくれるんですか?」
明らかに不審者な私にここまでしてくれるなんておかしいじゃないか。
「うーん、単刀直入にいうと、君が欲しい」
「は!?!」
彼の爆弾発言に私は大きな声を出して驚いてしまった。そんな私の反応に彼はくすくすと笑ってさらに言葉を続ける。
「いや、日和くんと凪砂くんの扱いに困っていてね、君がいてくれたら助かるなって思って」
ああ、なるほど、彼はあの二人の手綱を握るのに苦労しているというわけだ。よくわかる、その気持ち。
「これを受けとってくれれば君は中へはいつでも入れるし僕は日和くんと凪砂くんとのユニット活動を円滑に行える。利害の一致だよ」
そういう風に彼に言われると、私がこの制服たちをもらうことは悪いことではないように思えてくる。
「そ、そういうことなら」
それならばと私は彼の差し出す紙袋を受け取った。
「ふふ、受け取ったね。じゃあこれから君はfineの専属プロデューサーだ」
「えっ!?!」
聞いていないとばかりに声を上げる。プロデューサーなんてやったことがない。アイドルのこともよくわからないし私にできるわけがないと思う。
「別になんということはないよ。僕たちと仲良くしてくれればいいだけ。プロデュースしろなんて言わないよ。簡単だろう?」
なんだ、それだけか。それなら私にだってできる。要はひーくんとなーくんのお目付役をして欲しいということだろう。それなら承諾してもいいのかもしれない。
「まあそういうことなら」
釈然とはしないが、こうして私はfineの専属プロデューサーになったのだ。
20181018
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