案の定、ドリフェスの見学の件は通ったようだ。放課後前に桃李くんからSNSにメッセージがきていた。今日の紅月の出るドリフェスの見学をさせてくれるそうだ。
つまりそれは、例の紅月とRa*bitsのS2。
どんなにひどいライブであっても、実際に見ておきたかった。見る覚悟はできている。

適当なところで軽音楽部の部室を離れ、講堂へと足を向ける。どうやら桃李くんは他のお仕事があって来れないようで、講堂の控え室に副会長……つまり蓮巳先輩がいるからと連絡が来ていた。

先輩を待たせるわけには、と気持ち足を早めながら講堂へ到着すると、ちょうどぴゅうと風が吹いた。春先の暖かな風は私の髪をふわりとさらう。そして、その風はついでに一枚の紙も連れてきた。紙が飛んできた方向を見ると、受付のテントから少年が走り来る。どうやら、あそこから飛んできたらしい。
さらに飛んで行ってはいけないと私は紙を拾った。

「はわわ、すみません、それ僕のです〜!」

走る来る少年を私は知っていた。中性的な顔立ちで水色の髪を跳ねさせながら慌てたように私に声をかける少年は、紫之創。今日行われるS2に出場するRa*bitsに所属している。

「運良く拾えてよかったわ」
「はい、助かりました!」

まさか出会えると思っていなかった。受付にいるのは知っていたが、タイミングが合わないと思っていたから。
Ra*bitsにはあんず経由で仲良くなるのではないかと踏んでいたのだが、せっかくだから少し仲良くなっておきたい。

「少し聞きたいのだけれど、受付はあそこですればいいのかしら?」
「あのう、そうなんですけど、今日はS2なので生徒以外は見れないんです、すみません」
「あ、そうではなくて。私、今度からプロデュース科に配属された月城せいらと言います」
「噂の転校生さんでしたか!ごめんなさいっ!それなら大丈夫です。受付しますね」

彼は私のことを受付まで案内し、生徒手帳に判子を押してくれた。この手帳の判子で観戦記録がつけられ、成績にも影響してくる。これから沢山のドリフェスに参加して、空欄が埋まっていくのだろう。まだ始まったばかりだ、頑張らなくては。
私は生徒手帳をぎゅっと胸に抱え、お礼を言う。

「ありがとうございます」
「いえ!あ、自己紹介がまだでしたね。僕は紫之創と言います」
「紫之くん、ね。これからどうぞよろしくお願いします」
「はい、お願いします!」

にこりと笑う紫之くんは女の子のように可愛らしい。思わず頭を撫でたくなるが、なんとか耐えた。

「実は今日のライブに出るんです!楽しんでいってくださいね!」
「そうなの?それは楽しみね。頑張ってね」
「ありがとうございます!」

笑顔いっぱいの紫之くんに見送られながら私は講堂へと足を向けた。

……私は、うまく笑えていただろうか。
こんなところでつまづいていたら先が思いやられる。まだ、物語は始まったばかりなのだ。気を引き締めていかなければ、と一度深呼吸をして肩の力を抜いた。





講堂に入り、関係者入り口から控え室の方へ向かう。控室の扉を叩くと、中から声が聞こえた。聞こえた声は低めで、蓮巳先輩のものではないように思う。
案の定、中に入ると蓮巳先輩の姿はなく、紅が目に入った。居たのは蓮巳先輩と同じユニットに所属する鬼龍紅郎と神崎颯馬だった。

「失礼します、本日見学をお願いしておりました、プロデュース科二年の月城です」

とりあえず名を名乗り相手の出方を伺う。ジロリと鬼龍先輩の視線が私に向いた。
警戒しているのだろうか、彼の視線が鋭く私に刺さる。

「プロデュース科の……?昼間あったのはもっと小さいやつだった気がするが?」
「鬼龍殿、それは我のクラスのプロデューサーであろう。どうやらプロデュース科には二人転校生がいるらしいのである」
「なるほどな」

神崎くんの声に鬼龍先輩は警戒をといたように感じた。
未だに視線は鋭いままだが、おそらく、心優しい彼のことだから決して睨んでいるつもりはないのだろう。しかし、鋭い瞳はそうしているように見える。それに決して怯まないように堂々と背筋を伸ばして声を上げた。

「蓮巳先輩からこちらへ来るようにうかがっていたのですが席を外しているようですね」
「ああ、生徒会の方の仕事を片付けてくるって言ってたからな。時期に来ると思うぜ」
「わかりました。こちらで待たせていただいてもよろしいですか?」
「ああ、もちろん。楽にしてもらって構わねえぜ。あいつのことだ、ギリギリまで仕事して来るだろうしよ」

人を呼んでおきながらと思ったが、無理言って見学を申し出たのはこちらだ。文句は飲み込もう。

鬼龍先輩は空いている席をすすめてくれた。せっかくなので座らせてもらうことにする。

「挨拶が遅れたな、俺は鬼龍紅郎だ」
「我も挨拶させていただこう。神崎颯馬である。よろしくお頼み申す」
「神崎と蓮巳と俺でユニット名を紅月として活動してんだけどよ。見ての通りあいつは生徒会で忙しいからな」
「存じておりますのでお気になさらないでください。私は月城せいらと申します」

改めて挨拶を交わす。
今後私が生徒会勢力につくのであれば、彼らとは大きく関わることになるだろう。今のうちに友好関係を築けるのであればそれに越したことはない。

「ああ、そんなにかしこまらなくてもいいぜ。俺なんかに敬意を払っても仕方ねえだろう」
「そんなことおっしゃらないでください。紅月のライブ映像を拝見致しましたが、とても素晴らしかったですわ。それに衣装も鬼龍先輩が作られているのでしょう?」
「そうである、鬼龍先輩は素晴らしい御仁であるのだからもっと自信を持って欲しい」

私も衣装作りの技術を教えて欲しいと思っている。基本的な裁縫はできるつもりではいるが、流石に衣装製作などしたことがない。

まあ、本当は"彼"に教えて欲しいけれど。

「神崎くんはあんずと同じクラスよね。あの子、あんまり言葉数は多くないけれど、優しい子だから仲良くしてもらえると嬉しいわ」
「月城殿は彼女と仲がよろしいのであるか?」
「ええ、あんずとは小学生の頃からの付き合いかしら。大事な親友よ」

確かに最初は打算的にあんずに近づいたのは否めない。けれど今は大切な親友となっていた。私自身ではなく、友達のいなかった月城せいらとしても、とても良い存在となったのは明らかである。

「信頼できる友がいることは良いな。我もアドニス殿のお陰でとても有意義な学院生活を送れておるし、友の存在は素晴らしいと思う」
「そうね。私もあんずのお陰でとっても楽しいわ」
「それでいうと、鬼龍殿にとっての友というと蓮巳殿であろうか」
「そうだな。学院に入ってからで考えればあいつが一番付き合いがなげえかもしれねえ。っと、噂をすれば影、だな」

鬼龍先輩が話している途中で部屋の扉が開いた。入ってきたのはちょうど話に出ていた蓮巳先輩で、今まで会場の整備でもしていたのだろうか、少し疲れたような顔をしていた。
座っていては失礼なので、一先ず席を立つ。

「お疲れ様です、蓮巳先輩。お先にお邪魔しておりました」
「ああ、月城か。遅れてすまない。姫宮から話は聞いている」
「ええ、本日はよろしくお願い致します」

挨拶もそこそこに蓮巳先輩は衣装に着替えるようだ。時計を見ると確かにS2まであまり時間はなくなっていた。自分の出番直前まで生徒会の仕事とは大変である。

「月城、案内はいるか?スタッフには話は通してあるから先に行ってもらっても構わないが」
「では、先に見学させていただきます。お忙しいのにお手を煩わせるわけにもいきませんので」
「そうか、何かあったら声をかけろ」
「はい。ライブ、楽しみにしておりますね」

私は鬼龍先輩や神崎くんにも挨拶をし、扉前で会釈をして部屋を出た。

少しだけ肩の力を抜く。紅月との対面は概ね順調だったと思う。蓮巳先輩は初日の竜王戦の時の言い逃げがあるから、あまりいい印象ではないと思っていたが、公私混同はしないタイプなのだろう。嫌な顔せず対応してくれたことに感謝したい。鬼龍先輩も、神崎くんも悪い印象は与えていないように感じる。

だが、気を抜いている場合ではない。
気合いを入れ直して、会場へと足を向ける。
まもなく、S2が始まる。


20200114



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