お昼を終え教室に戻ると携帯が連絡を告げる。電源をつけて画面を見るとSNSのポップアップが表示された。それに書かれた送信者は朔間零。もちろん会ったのは昨日きりであの時連絡先の交換などしていない。それでも彼なら連絡してきそうなことは否定ができないし、彼の怖いところだ。
私はポップアップをタップして詳しくメッセージを見た。

『お主の大事なお嬢ちゃんは預かったぞい』

確か今日はストーリーでいうと朔間先輩にあんずが拉致されて、午後いっぱいTrickstarと軽音楽部の部室に缶詰だったはずだ。
私に連絡をよこした、ということは私に来いと言っているのだろう。あんずを人質に取らなくても来てくれと言えば行くのに。なんて回りくどい。
仕方ない、音楽室に向かおうとしよう。なんだか朔間先輩の思い通りになっているようで癪にさわるけど。

こんこんとノックをして扉を開けると中では衣更くんを抜いたtrickstarのメンバーが練習に励んでいた。明星くんは朔間先輩、遊木くんは大神くん、氷鷹くんがまだ会ったことのない一年生の双子の葵兄弟に指導してもらっていた。そしてあんずはそばでそれを見守っている。随分とフリフリな衣装に身を包んでいるが、そういえばあんずも踊らされていたんだっけか。
私が部屋に入るとあんずが駆け寄って来た。さしずめなんでここにいるの?というところだろう。

「こんにちは、朔間先輩」
「よく来たのう」
「ええ、お呼びに預かり光栄です」

お互い笑顔を絶やさずに話す。どことなく感じる朔間先輩と私の間の冷たい空気に真ん中に挟まれたあんずはキョロキョロと視線を行ったり来たりさせた。

「あっれ〜せいらだ!」

私に気づいた明星くんが一番に私の元へ来た。いい意味で空気を壊してくれ助かった。

「た、たすかった〜!スパルタすぎて死ぬかと思ったよ…」
「まだ終わってね〜からなモヤシ野郎!」
「ヒィ!」

その次にチャンスだとばかりに遊木くんが大神くんの元から逃げてきた。相当スパルタだったのだろう、既にクタクタである。

「みんなお疲れ様。私も参加…といってもサポートになるけれども参加してもいいかしら?」
「もちろんもちろん!」
「ちょっとお兄さんたちぃ〜!」
「内輪だけで盛り上がってないで俺たちにもお姉さんのこと紹介してくださいよ〜」

見知らぬ声にそちらを振り向けばはじめまして〜と同じ顔で手を振る双子がいた。奥の方では氷鷹くんが空をたたくように片手の甲を振っていた。いわゆるツッコミだ。あれも一応特訓の一つ…だったと思う。
それは置いておいて。

「こんにちは。練習のお邪魔をしてごめんなさい。ご挨拶が遅れました、あんずと同じく転校してきた月城せいらです」

ふわりとお辞儀をして見せると興味津々と言わんばかりに瞳を輝かせてこちらをみる双子達。

「噂に聞くお嬢様〜!俺は葵ひなた!でこっちが、」
「葵ゆうたです。朔間さんに対してあんな態度を取れるなんてお姉さんすごいですね!」

朔間先輩とのやりとりを見ていなかった明星くんと遊木くんはあんな態度って?と見事に揃って首を傾げていたが、笑って誤魔化しておいた。

「朔間先輩、呼んだからには何かご用がおありなんでしょう?」

いつの間にか離れて壁際でにこにこと私たちの交流を眺めていた朔間先輩に声をかける。

「わんことは同じクラスだったかえ?」
「ええ」
「では自己紹介はいらんな。お主を呼んだのは実力を見せてもらおうと思っての。そっちのお嬢ちゃんは今しがた見せてもらったが何もかも初めてだったみたいじゃ」
「だからアイドルのような格好をしていたのですね。ああ、恥ずかしがらなくても大丈夫。似合ってるわよ、あんず」

私に指摘されてあんずは顔を赤らめながら私の背に隠れた。
この流れでいくと、あんず同様私も踊って歌わされるのだろうが、アイドルのようなダンスも歌も私にもできない。やったことがないからだ。完璧でないものを見せるのは私のポリシーに反する。
月城せいらは完璧でなくてはならないのだ。

「では、よろしければ一曲、踊ってくださいませんか?」

ならば、と先手を打たれる前に自分からダンスに誘う。社交ダンスならお家柄嗜んでいるので完璧にこなすことができる。

「女性から誘わせてしまうなんて不躾じゃったのう。どれ、ちょっくら運動でもするかえ」
「朔間さん踊れるの〜?」
「伊達に長生きしているわけじゃないのじゃよ。葵くん、そこの棚にワルツを踊るのにぴったりな曲があったはずじゃ。かけておくれ」
「「はいは〜い!」」

双子達は朔間先輩の声に棚からCDを選び取り、カセットへセットした。
誰もが一度は聞いたことのあるクラッシック音楽が流れ出す。
それに合わせて私の手を取った朔間先輩にリードされながら部室の中央へ来た。そして彼に導かれるまま、踊り出す。踊れるだろうと思ったが、朔間先輩の文句なしのリードに、私もミスをしないように慎重に踊る。もちろんそんなものは微塵を見せないように余裕な顔をして。

しばらくして彼が足を止める。観客と化していたあんずたちの方を向いてお辞儀をすると一拍おいてその場は拍手に包まれた。

「すごいすごい!せいら本当にお嬢様みたいだった!」
「朔間先輩も見事にリードしていたな」
「まるで映画のワンシーンみたいだったね!」

周りから好評の声が聞こえて一安心する。

「ありがとうございました、朔間先輩」
「こちらこそ、お嬢ちゃんのような素敵な女性をエスコートできて光栄じゃ」

社交辞令であろう挨拶を朔間先輩と交わす。
この先も朔間先輩に振り回されるだろうと思うと気が重い。初対面で意味深な発言をしてしまった私が悪いので自業自得ではあるが。
売られた喧嘩を買ってしまう性格はなんとかしなければならないとは思っている。

ダンスが終わり一息をついていると、お腹にどんとした衝撃。朔間先輩が支えてくれて倒れることは免れた。何事かと視線を下げるとあんずがキラキラとした顔でこちらを見ていた。

「熱烈なアピールじゃのう」
「ふふ、あんず、ありがとう」

言葉数の少ないあんずは意外と動きに出やすい。
今の彼女は"感動している"のである。

「チッ、終わったんだろ。練習再開するぞ!」
「なんじゃわんこ、仲間はずれで寂しかったのか?」
「ああん!?んなわけあるか!時間がねえんだろ?油売ってる時間があるなら練習に当てやがれ!」

朔間先輩がからかうように大神くんに返す。それに大神くんは噛み付くように返した。それから遊木くんの首根っこを掴むとズルズルと引きずって練習へと戻っていった。遊木くんから悲痛な声が漏れていたが、これも必要なことなのだ、頑張ってほしい。

「せいらはどうする?このまま見てく?」
「放課後まではお邪魔させてもらってもいいかしら。放課後は公式のドリフェスをみようと思って。生徒会の方に頼んで裏方も見せてもらおうと思うし」

ここでこの後の予定を少し確認しておこう。
今日は紅月とRabbitsのS2の日。勉強と称して生徒会の誰かに連れて行ってもらおうと思っている。昼休みの時点で桃李くんには伝えてある。おそらく否とは返ってこないだろう。
ちょうどまだ会っていない紅月との接触もできるいい機会になるはずだ。


20191114



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