「せいら様〜!今日のお昼は空いてる?」
そう言って次の日の朝も桃李くんは私の元へ来た。何も予定はなかったし、断るのも申し訳ないと思い承諾をするととびっきりの笑顔で跳ねる桃李くん。
昼休みに入るとすぐに彼は迎えに来てくれた。
「せいら様〜!会いたかったよ〜!」
ぎゅむと抱きついて頬をすり寄せてくる桃李くん。かわいい。その一言に尽きる。
「坊っちゃま、はしたないですよ」
そんな桃李くんをたしなめるのは伏見くんで、呆れ顔でこちらを見ている。
「うるさいな〜!弓弦は誘ってないんだけど!」
「坊っちゃまの行くところ全てにお供するのが私の役目でございますから」
「せっかくだからみんなで食べましょう?私はお弁当なんだけれど二人はお弁当?」
「ええ。教室ではなんですし、ガーデンテラスにでも参りましょうか」
桃李くんは不満げだったけれど、伏見くんの提案でガーデンテラスへと向かうことになった。
昼食をとりながら私と話すことで桃李くんの機嫌も直ってきた。生徒会のことやfineのこと、いろいろなことを話す彼は楽しげで、私まで笑顔になってしまう。
「貴女様はもしかして……!」
そんな私たちのところに一人の生徒が、少し興奮気味に頬を高揚させてやってきた。
その子の目線は私を向いていて、
「司は一目見てわかりました……!月城のお姉さまで間違いありません!」
そう言って私の手をとって握りしめた。
自分のことを司、と言った彼は朱桜司。彼も私の記憶にあるキャラクターだ。桃李くんと同じ一年生で、確か、
「ちょっとー!馴れ馴れしくせいら様に触らないでよね!」
「おや、いたのですか?気づきませんでした」
「相変わらずやなやつ!」
この二人はとても仲が悪かった。
同じ財閥の息子同士仲良くできたらいいのだろうけれど、どことなく似ている性格の二人が仲良くすることはゲーム内ではほとんどなかったような気がする。
ちょうど伏見くんが生徒会の用事−−−本来は桃李くんが行くべきの仕事である−−−で抜けてしまった今、二人を止めるのは私しかいない。
「桃李くん、喧嘩はよくないわ。それから君もね」
私がたしなめると、はっとした司くんはキリッとした顔を作る。
「挨拶もせずに申し訳ございませんお姉さま。私は朱桜司と申します。司とお呼びくださいませ」
「朱桜というと、」
「ええ、お姉さまがご存知の朱桜で間違いありません。お姉さまのことは前々から知っていてお会いしたく思っていました……!しかし社交界には中々顔を出されていなかったようで……」
実は夢ノ咲に入る前にも御曹司組と言われる司くんを始め、姫宮くんたちに会うことはできた。それは天祥院家が主催するパーティーに出席することで叶ったのだが、メインキャラクターたちとの不用意な接触は避けたいと思い、うまく出席を断り続けていたのだ。そのため誰が発端だかわからないが、"月城家の娘さんは美人で聡明で何をとっても完璧だ"という噂だけが回り、司くんはきっとそれを聞いていたのだと思う。
「初めてお会いしましたがまるでvenusのように美しい……!司は感激しております……!」
「だ〜か〜ら〜!せいら様に触らないでよね!ていうか僕だって英智様に言われる前からせいら様の噂は知ってたし!せいら様が美人で賢くて完璧な人だって!」
二人から発せられる賛辞の数々に照れそうになる。それと同時に、自分の努力が報われている気がして嬉しくなってしまった。
私がにやけるのを我慢している間も桃李くんと司くんの言い合いは続く。
そんな二人を止めたのは司くんの言葉だった。
「そんなvegetableも食べれないお子様に指図される筋合いはありません!」
その言葉に桃李くんはうっと言葉を詰まらせる。確かに彼のお弁当箱にはピーマンが残っていた。明らかにそれだけを退けられるようにして残っていて案に苦手だとわかる。
ピーマンを前に何も言えない桃李くんを見て司くんは勝ち誇ったような顔をしていた。
「〜〜〜っ!!!」
声にならない声で唸った桃李くんは悔しさに顔を歪める。しかし突然きっとピーマンを睨みつけた。
それから、
「お野菜ぐらい僕だって食べれるもん!」
そう言って箸を使って自分の口にピーマンを放り投げた。数回咀嚼してごくりと飲み込む。涙目になってピーマン独特の苦味に悶えながらも、
「へっへ〜ん、これで文句は言えないでしょ!」
今度は桃李くんが勝ち誇った笑みを浮かべた。
可愛らしい喧嘩にいつまでも見ていたくなってしまうが、私が止めない限りいつまでも続いてしまう気がしたのでいい加減止めることにした。
「二人ともそこまで。これ以上はただ見苦しいだけです。自分の家に恥じない行動を慎みなさい」
少し言い方がきつくなってしまったせいか二人ともハッとなる。それから反省したように俯いてしまった。桃李くんに関して言えば泣きそうである。罪悪感がすごい。それに会って日が浅いのに図々しかったかもしれない。けれどこれくらい言わないと二人は止まらないような気がした。
「桃李くん、司くん、」
私が二人の名前を呼ぶと恐る恐る顔を上げる二人。私はその二人の頭をポンポンと撫でた。
「二人が私のことを良く思ってくれていることは十分伝わったわ。だからそんな悲しい顔をしないで?」
「っ、申し訳ございませんでしたお姉さま」
「せいら様ごめんなさい〜」
「ちゃんと謝れる二人はいい子ね。さあ、お昼が終わる前にご飯を食べてしまいましょう。司くんも何か用があってここに来たんでしょう?」
「ええ、そうでした。あの、せいらのお姉さま、その……また私と話ししてくださいますか?」
恐る恐る聞いてきた司くんにもちろんと微笑んで見せると嬉しそうに笑ってくれた。それから失礼しますと司くんは去っていった。
それと入れ違いに伏見くんが生徒会の用事から戻ってきた。
「本来なら坊っちゃまのお仕事なんですからね……っと、おや、坊っちゃま。お野菜も召し上がったのですか?いつもなら私が無理やり食べさせているというのに」
伏見くんが桃李くんのお弁当箱を見てそう言う。
それに対して、
「僕だってちゃんと食べれるんだからね!弓弦がいなくても大丈夫だもん!」
さあ、褒めろとばかりに胸を張る桃李くん。しかし伏見くんはため息を一つはいて、
「当たり前のことで威張らないでくださいまし」
とひと蹴りしてしまった。
「もう!弓弦なんて嫌い!せいら様褒めて〜!」
「ふふ、よくできました」
「えへへ、せいら様大好き」
「月城様、あまりぼっちゃまを甘やかさないでくださいまし……」
「伏見くんが鞭なら私は飴になろうかと思いまして」
甘えてすり寄ってくる桃李くんの頭を撫でながら伏見くんのため息を耳に穏やかにお昼は過ぎていった。
20191025