その日の放課後。HRが終わり、各々レッスンや部活または帰宅しはじめる。私もあんずは昼休みのお陰で先に帰ってしまったし、特に用事もないためすぐに帰ることはできる。けれど少しやりたいことがあって教室に残っていた。
誰もいなくなった瞬間を見計らって私は自分の鞄を探る。そして目当てのものを見つけた。
それはなんの変哲も無い飴玉。けれど私の願いが詰まった飴玉。それを影片くんの机の中に一つ入れた。
彼の力になれますように、そう願いを込めて。
影片くんはいつも飴玉を所持していた。唯一許可されていた食べ物が飴玉だったからだ。私からのものだとわかると絶対に食べないから、バレないようにこっそりと。頑張れという気持ちを込めて。

影片くん自体は別に私やあんずのことを嫌いなわけではない。ただ、敵である、ということが私たちを嫌いのカテゴリーに押し上げているだけだ。
だからいつかきっと仲良くなれるはず。
直接私の手から笑って飴玉を渡せるようになることを祈って私は教室を後にした。

あんずもいないことだし迎えでも呼んでしまおうかと校門まで歩いていると、じっと私を見る視線を感じた。視線は道脇にある木の影からだ。アイドル科に女の子がいるというだけで注目の的であるから、視線を感じることは不思議ではない。しかし今感じている視線は、そういう興味本位で観察する視線とは違う。こちらに気付いてもらうのが目的だ、と思うほど強い視線が向いていた。
私がそちらに視線を向けると、木の影からは思いもよらぬ人物が出て来た。

「何かご用ですか?」
「おや、すまなかった。この学院にお嬢ちゃんのような生徒は珍しいからの」

平然を取り繕ったが、正直心臓は飛び跳ねていた。
木の影から出て来たのは−−−…朔間零だった。

珍しいから、彼はそう言ったが、私はそれだけに思えなかった。だってそうでなければ、こんなまだ日が登っているうちに今の彼が外に出てくるわけがない。明らかに、私を品定めするような目で見ている。

「そうですね、今日だけでもたくさんの方々に見られましてあまり落ち着きませんでした…でも何か用事がおありなんでしょう?」

私がそうたずねると、朔間先輩はクツクツと笑って、

「お主が敵か味方か判断しかねる」

そう、なにも隠すことなく答えた。

「生徒会に対して良くは思っていないように思えば、生徒会の幼子と仲良くしておる。そして天祥院くんの知り合い………お主は敵か?味方か?」

朔間先輩の鋭い視線が私に刺さる。
もちろん、私はどちらかと言うと朔間先輩の味方、に当たるだろう。
しかし今の私が断言していいのだろうか。朔間先輩はまるでこの学院で起きていることを私が知っている前提で話をして来ている。でも私は今日初めて夢ノ咲に来るのだから、知らなくて当然なはずだ。だから敵味方と言われても普通ならピンとこない。あんずだったら頭の上にクエスチョンマークを飛ばしまくるところだろう。

大方、私を天祥院英智が送って来た刺客とでも思っているのだろう。残念ながら私は一度しか彼に会ったことはない。変に敵意を持たれても嫌だと思った私は、しらを切ることにした。

「おっしゃる意味がわかりかねますが?」
「嘘をつかずともわかる。頭のいいお主が事前に学院のことを調べないわけがないじゃろう?今の学院について、知っておるな?」

どうやら嘘は通じないようだ。そんなに私は裏で何か企んでいるように見えるのだろうか。天祥院英智と同じこの顔がそう思わせるのか。

まさに一触即発。この事態をどう乗り越えようか。とりあえず焦るのはよくない。落ち着いてよく考えよう。
月城せいらは完璧でなくてはならない。

私はにっこりと笑って、

「名乗りもしないお方に答える義務はないかと思いまして」

そう告げた。

「ふむ…お主は賢いな。ともあれ、確かに名乗らずに失礼じゃったのう。我輩は朔間零という」
「月城せいらと申します。こちらこそ無礼な口の聞き方をして申し訳ございません」
「なに、気にするでない」
「それで先ほどの質問ですが………誰の味方かと言われたらあんずの味方ですのでご安心ください。ただ、立場上生徒会の方々とは友好な関係を築きたいと思っています。それに、プロデュース科が二人ともいるというのに同じユニットを贔屓するのはよろしくないでしょう?」

動揺を見せないように最善の答えを導き出していく。

「本当にお主は賢い。想像以上じゃ」

私の答えを聞いた朔間先輩は満足そうにクツクツと笑った。

「引き止めて悪かった。お詫びに家まで送ってやろうぞ」
「いいえ、今日はあんずもいませんし迎えを呼びますので大丈夫です。それに、」


"日差しも強いことですしね"


にこりと微笑んで最後に付け足すと、朔間先輩は赤い目を細める。初めて会ったはずで彼が吸血鬼だと知っているはずもない。なのに私から日差しが強いという言葉が出たからだ。
私はそれに気づかなかったというように失礼しますと声をかけて彼の横を通り過ぎた。

彼から充分離れたところでふうと一息をつく。なんだか酷く疲れた。まるで朔間先輩は全てを見透かしているようだ。一つでもミスをしたらそこから全て暴かれてしまいそうだった。
最後のは無駄に焦らせてくれたことに対するちょっとした仕返しだ。今日はまだ春先であるというのに日差しが少し強めで吸血鬼…と自称している彼には毒のはずだ。それを考えると無理をしてでも私に接触してきた、ということは相当警戒されていたのだろう。


20191025



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