「五奇人のお姫さま?」
カーデンテラスでお茶をしていた累は、目の前の夏目の言葉に首をかしげた。そんな累に夏目はあれ、知らなかったノ?と少し驚いて詳しく語り始める。
「累ねえさんって僕や零にいさん、師匠に奏汰にいさんと宗にいさん、みんなと仲がいいだろウ?だから五奇人のお姫さまって呼ばれてるらしいヨ」
「本人の噂ってあんまり本人には入らないものよ」
零の名前が出た瞬間にしかめっ面をした累は相変わらずと言えよう。
この話は最近よく聞くもので、五奇人の名前が浸透したのと同じくらい自然にこの学院に浸透していた。
しかし、累は噂なんて気にするたちでもなかったし、噂によって累に集まる視線が増えた、といっても元からその容姿で視線を集めていたために全く違和感を感じていなかった。噂を知らなくても仕方がなかったかもしれない。
「五奇人に守られるお姫さまだってサ」
「ふうん、じゃあ何かあったら夏目に守ってもらわなくちゃね」
「そんなことしなくても累ねえさんは強いでしょウ?」
「まあそうね」
累はそう言って手元のコーヒーを飲んだ。
お姫さま、ならお砂糖たっぷりの紅茶がよかっかもしれない。しかし累のそれは砂糖がこれっぽっちも入っていないブラックのコーヒーだった。
甘いものが好きということは女の子らしいと一般的にとられる。しかし累はそれに準ずることなく、むしろ甘いものは苦手な方だった。ケーキは匂いだけでもお腹一杯である。表向き、好きなものはチョコレート、としているがそれはミルクチョコレートではなく、苦味のあるビターチョコレートだ。
それから大人しく守られているタイプではなく、むしろ自分から勝ち取りに行く肉食系だ。ある程度の自己防衛なら完璧である。
実際の累はお姫さまというイメージからはかけ離れている。
噂はあくまでも噂、ではあるが浸透してしまった今、累はお姫さまというイメージが生徒たちに植付けられてしまっているだろう。
それを考えたとき、累はいいことを思い付いた。
「うん、いいじゃないお姫さま」
「女だって言われるの嫌だったんじゃないノ?」
「似合ってるってことだからこれはまた別件よ」
夏目にはよくわからなかったが累は満足げに笑っている。
「お姫さまって言うならお姫さまになろうじゃない」
楽しげに笑った累は夏目に別れを告げて去っていく。
何を思い付いたのかわからないが、累ねえさんが楽しそうならいいか、と夏目はその後ろ姿を見送るのだった。
ピンクのヒラヒラとしたフリルとたくさんのリボンがついた衣装を揺らしながら、累はステージへと上がった。
累の所属するユニット、PinkyRibbonはソロユニットではあるが、他のユニットより人気があり、客入りは上々である。しかも今日は新曲を出すと事前に告知済み。ファンが殺到していた。
その中に赤色が一人。関係者席にてステージを見上げていた夏目は一体何をするのか心踊らせながら累を見上げた。
「今日は来てくれてありがと〜!最後まで楽しんでいってね〜!」
ウインクをしながら累は定位置につく。
始まった曲は女の子らしい可愛らしい曲。歌詞に耳を傾けると好きな人のために可愛くなろうと頑張る女の子の曲である。そしてラストには『貴方だけのお姫さまなんだから、早く迎えに来て』と歌われた。
ステージに出たときの累は普段より何割り増しか女の子らしくしている。今日のためにフリルを増やしたユニット衣装はドレスのように見えるし、頭につけていたリボンにはティアラが乗っていて、お姫さまというイメージにはぴったりだった。
「新曲、どうだったかな〜?」
歌いきったあと、観客からは大きな歓声があがる。夢ノ咲の生徒たちは噂のこともあって、口々にお姫さまみたいだったと言う。それつられて噂を知らない一般人にもお姫さまというイメージが植え付けられていく。
「そう、みんなが想像している通り今回はお姫さまをイメージしているのよ」
それから累は首をこてんとかしげて、
「お姫さまには騎士が必要でしょう?みんなは私の騎士になってくれるかしら?」
可愛らしく会場に訪ねる。
それに答えるように会場からは歓声が飛んだ。会場が一体となって行われるコールアンドレスポンスは見ている観客に圧倒的満足感を与える。累のユニットが人気である一つの理由がそれだった。
「返事はイエス!マイ!プリンセスでお願いしたいな〜」
そしてこれこそが累の思いついたいいこと。
「私の騎士になってくれる?」
にこりと笑った累に会場から累の望んだ言葉が返される。会場が一体となって熱気が溢れた。盛り上がりは、最高潮である。
観客の盛り上がりに夏目はさすがとしか言いようがなかった。誰しもが累にくぎ付けな圧倒的な存在感は夏目を震え上がらせた。
こうして累のライブは過去最高の盛り上がりを見せたのだった。
「お疲れ累ねえさん」
累が普段着へと着替えて帰宅しようと会場を出ると、それを待っていた夏目に声をかけられた。
「楽屋まで来れば良かったのに」
「累ねえさんすぐ帰るだろうからここで待っていたほうがいいと思ったんだヨ」
確かに累はライブが終わるとすぐに帰宅する。他の出演者に絡まれるのが嫌だからだ。
「どうだった?」
「相変わらず素敵だったヨ、お姫さま」
「ふふ、ありがとう」
「Amaging!!!」
突然の声に夏目も累も言葉を失った。
「おや、どうかしましたか?」
「やあ、師匠」
「渉、来てたのね」
音もなく突然と現れたのは渉だった。と、いうか出会って早々Amagingなんて叫ぶのは渉くらいである。
最初は驚いた二人だったが、渉が突然現れる、なんていつものことで何事もなかったかのように話始めた。
「たまたまですがね!累が何かしようとしてるのは噂に聞いてましたが、いやあいいものが見れましたよ!とても楽しかったです」
「もしかして客席から鳩が飛んできたのって渉?」
「感情が高ぶり思わず出してしまいました☆」
「いやわけわかんないわよ…」
確かに、ライブの最中に観客席の方から鳩が飛び立っていった。演出かと思われたそれは渉のものだったらしい。
「 累ねえさんどうしたの、さっきからきょろきょろしてるけど」
夏目が不自然に視線をさ迷わせる累を見て訪ねた。まるで、誰かを探しているようだ。
「いや、いつもならあいつが来てるんだけど…」
「零ですか?最近は姿を見ませんねえ」
「まあいないならいないでいいんだけどねめんどくさくないし」
「累ねえさんってほんと素直じゃないよね」
「何がよ」
嫌いといいながら姿を探してしまう辺り、零のことを気にしていることがわかる。
「零も一応は生徒会長ですし彼の人脈はとてつもなく広いですからねえ」
渉の言う通り、零は海外留学をしていたことも含めて、人脈がかなり広い。ああみえて頼られると放っておけない性格をしている零は時折学院から姿を消す。
別にそれは累にとって関係がないものであるが、いつもやってくるアイツがいないだけで、違和感というものを感じてしまったのだある。
それに気づいてしまった累は零に毒されている感じがして腹が立ったが、いないことには文句を言うこともできない。だからといって会いたいとは微塵も思わないのだが。
「さて、では累!行きましょう!」
「はあ?どこにってちょっと…!」
渉は累の目の前から瞬時に消えた。と、思ったら累の足が地面から浮く。所謂、お姫様だっこというやつだ。
「離しなさいよ!」
「さあ!凱旋ですよ!累のライブは今日一番の盛り上がりでしたからね!」
「ちょっと渉!」
「しっかり捕まらないと落ちますよ…☆」
渉は累の制止の声を聞くこともなく歩き出してしまう。下ろすつもりは全くないらしい。
落ちるのはごめんだととりあえず渉の首に手を回す累。
なんとかして渉の奇行をやめさせようと説得の言葉を探すが見つからない。こうなった渉を止めるのは、本気で嫌がらない限り無理だろう。
「Good Night、累ねえさん」
どうや夏目はこの渉の突拍子もない行動に付き合ってはくれないようだ。
ひらりと手を振る夏目が、渉によって大勢の人の前をお姫様だっこで晒され、疲れきった累にどつかれるのは次の日のことである。
20161116