目の前には嬉しそうに水を滴らせて笑う奏汰。そして累はプルプルと震えながら同じく水を滴らせていた。濡れて寒いのではない。怒りでだ。
お察しの通り、累は奏汰によって噴水の中へと引きずり込まれていた。

「るいもいっしょにぷかぷかです」
「ぷかぷか…じゃないわよどうしてくれるのびしょびしょじゃないの!」

累はずいっと奏汰に詰め寄るもへらへらと笑って悪いことをしたとは微塵にも思っていないようだ。

「もう髪もぐしゃぐしゃ…なんで毎回私を引きずり込むのよ!!」

ぎゅっと累が長い桃色の髪を握って水を落とす。立ち上がるとずっしりと重い制服に不快感をより一層感じた。一先ずジャケットは脱いで軽く絞る。あとは脱ぐわけにも行かないので着たまま絞るしかなかった。

「全く…持ってきたタオルが濡れなくてよかったわ。ちゃんとタオルでふいてでてくるのよ!!!」

累は噴水から出ると側に落ちていたピンクのタオルを拾って奏汰に押し付けた。これは累が奏汰のために持ってきていたものであり、奏汰がしっかりと受け取ったのを確認すると、最悪だわ…と呟きながら噴水から離れていく。また引きずり込まれたらひとたまりもないからだ。

累が去った噴水で奏汰はにこにこしながら渡されたタオルを見る。濡れてしまったのに持ってきたタオルを自分で使わないところがとてもやさしいですよね、そう思いながら大事そうにタオルを握って笑顔を浮かべた。





「げ」

累は思わずそんな声を出してしまった。それもそのはず、目の前には天敵であるやつがいたからだ。

「げってなんだよ。ていうかなんつー格好してんだ」
「うるさいわねえ、奏汰にやられたのよ」

天敵、とは犬猿の仲の零である。
累は噴水から出たあと、教室へ向かっていた。奏汰に噴水に引きずり込まれることがよくあるため、ロッカーに着替えを用意している。そのため教室に向かっていたのだが、零に会ってしまった。

最悪だ。そう思いながら足早に通りすぎてしまおうとした累だったが、零に腕をとられてしまう。累がそれに対して噛みつく前に、零は何も言わず累を連れて歩き出す。

「ちょっとなにすんのよ!」
「お前の教室行くよりここのほうがはえーんだよ」

そう言ってがらりと教室の扉を開けた。中にはいると腕を離される。そこでようやく累はその教室が生徒会室だということを知り、零が生徒会長であることを思い出した。
恐らく自分のであろう、鞄を漁る零はタオルを取り出して累に投げつけた。

「なによ、珍しく優しいじゃない」
「風邪でもひかれてお前の顔が見れなくなるのも寂しいからな」
「おもちゃがなくて退屈になるってことでしょ、気持ち悪いこと言わないでよ」

いつも喧嘩しかしていない手前、零の優しさに不気味さを覚える。なにか裏があるのではないかと思ったがこのままでは本当に風邪を引いてしまいそうだったためにありがたくタオルを使うことにした。

なるべく距離をとってタオルでふきはじめる累。零はそれをじっと見ていた。濡れて張り付いたワイシャツに女性ものの下着が透けて見えてしまっている…何てことはなく彼の意外としっかりとしている胸板が見えた。あの容姿だから思わず女性ものの下着が見えてしまうのではないかと思ってしまう。まあそれは以前スカートめくりをしたときに違うとわかっていたのだが。
胸板と言っても基本の男性のそれより薄っぺらい。元々華奢である累は腰元もほっそりとしていて簡単に折れてしまいそうだと零は思った。濡れて露になった累の男らしさ。それに反する可愛らしい容姿から見える女らしさ。このアンバランス差に零はとても興味をひかれた。

気づくと零は累のそばまで近づいていた。

累はタオルで愚痴をこぼしながら水気を拭き取っていて零が近づいていたことに気づかない。
ようやく気づいたのは自分に影がかかってからで、零はもうほんのすぐそば、壁ドンをして覆い被さるように累のそばにいた。
ぎらりとひかる目には累をとらえていた。まるで獰猛な獣よような瞳に映る累は怯える…ということもなくむしろにらみ返した。

「なによ」
「…はあ」

まるで興が覚めたと言いたげにため息を吐いた。

「おもちゃならおもちゃらしくもう少し面白味があってもなあ」
「私はあんたのおもちゃじゃないんだけど」
「あ?さっきは自分からおもちゃって言っただろ」
「はあ?勘違いしてんじゃないわよ」

自分から好き好んでおもちゃになるやつなんていないわよと未だに至近距離にいた零の胸板を押してそこから抜け出す。
やっぱり教室にとどまったのは間違いだったと教室から出ていこうとして戸に手をかけた。

「ていうか、」

がらりと教室の戸を開けた累はそのまま出ていくかと思われたが、一度立ち止まって零の方を向いた。

「あんた顔いいんだからさっきみたいなこと自重しなさいよね」

全く気にもされていないと思っていた零は驚いた。と、同時に自分は累に何を期待していたのかを考えた。女らしく頬を染めて恥ずかしがる彼を見たかったのか。否、違う。逆に女らしい反応されても気持ち悪いだけだ。あの、絶対に屈しない、強気な反応だから面白いのだ。

累の去った教室では零が一人楽しそうに笑っていた。



20161025
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