零と別れたあと、累は図書室の地下倉庫のなかの秘密の部屋を訪れた。
部屋の中では夏目が机にかじりついて何かを書いている。

「先輩、もう来ないでって言ったよね」

夏目は入ってきたのが誰かも見ないでそう言った。しかし少し待っても返事がこないことに疑問を持った。もし先輩−−−これはつむぎのことである−−−が来ていたら減らず口を叩くはずだ。夏目は手を止めて部屋の入り口の方を見た。

「累ねえさん?」
「噂、聞いた?五奇人は悪者で私は囚われたお姫さまなんだって。私は悪くないんだって」

今、夢ノ咲では五奇人はかつての栄光を失い、悪とみなされていた。そして正義はfine。次々と悪を倒したfineは生徒たちの中ではすっかり勇者として讃えられている。
そして累は、悪に囚われたお姫さま。五奇人に洗脳されているだけだと思われている。
次のドリフェスで渉を倒して累を助け出す。これが今起こっている夢ノ咲での物語の終着点だと容易に想像できた。

「みんな私を哀れみの目で見てくるの、なんにもしらないくせに」

累はぐっと唇を噛み締めると部屋の隅に移動して壁伝いにずるりと力なく地面に座った。

「もう、疲れちゃったわ」

そう言って力なく笑った。

それからの累はおかしかった。学校に来てもこの秘密の部屋にこもりきりだ。
会話こそできるが無理やり笑顔を作りながら話している。大丈夫?と聞いても大丈夫よと返ってくるだけ。
辛いと嘆くことはなくなった。話している時以外はぼうっと空を見つめたまま部屋の隅で体育座りをしている。

累は疲弊し切ってしまっていた。
お姫様のように守られて、閉じ込められて、なにもできない。悔しさや悲しみが累の力を全て奪って、今の彼は抜け殻のようだった。

そして渉のドリフェスの日がやって来た。
累は秘密の部屋にていつもの通り体育座りで縮こまっていた。

今日で、五奇人は終わる。
ようやく舞台は幕を降ろすのだ。

「累、」

名前を呼ばれた累はうつむかせていた顔をあげた。

そこにいたのは零だった。

「渉の最後、見届けに行くぞ」
「そう、もうそんな時間なのね」

累は零から視線を逸らしてそう答えた。
刻一刻と近づく終わりに累の胸は締め付けられるように痛んだ。終わりたくない、という思いが累の足を地面に縫い付ける。
それを見かねた零が累の足裏と腰に手を回して横抱きにした。そして零は驚いた。あまりにも軽かったのだ。零は静かに歯ぎしりをして自分の無力さを悔やんだ。

どうしてこうなってしまったのだろうか。

累は零に身を委ねて静かに目を閉じた。

「夏目、お前はどうすんだ?」
「ボクはもう少ししたら行くヨ。あと、少しなんだ」

そう言って机上の紙をなぞった。

「大丈夫だヨ、兄さん」

夏目は疲れ切った顔で笑った。




零は累を連れて会場へやって来た。
会場の周りから隔離された場所、そこに5席の空席があった。そのうちの一つに累を座らせる。

「宗や奏汰にも声はかけた。たぶん来ると思うからここで待ってろ。俺は手のかかる後輩を迎えに行かねえとな」

零はそういうと累の頭をひとなでして行ってしまった。
手のかかる後輩とはおそらく夏目だろう。零は夏目が最後まで足掻こうとしているのに勘付いていた。

誰だってできれば勝ちたいと思うだろう。
だけれど、自分たちが負けてそれで学院が繁栄するなら、それも一つの道だ。3年生たちは自らの負けを重く受け止めていた。それは決して相手を許したわけではないが。

この物語は、もう終わるべきなのだ。

会場は続々と生徒たちが集まって来ていた。累はそれをぼうっと見ている。
と、隣に誰かが座った。

「ああ、うるさくてかなわん。調律が乱れてしまうではないか」
「宗、」

大分疲れた顔をしていたが、そこに宗は座っていた。累が触れると煩わしげに払われてしまったが、確かに存在していた。

「生きてたのね」
「それはこっちの台詞だ」

宗との言い合いが懐かしすぎて思わず笑みがこぼれる累。久しぶりにちゃんと笑えた気がした。

「ふたりだけで たのしそうで ずるいです〜。ぼくも まぜてください〜」

気づくと逆隣に奏汰が座っていた。
奏汰はにこにこしながら累の頭をぽんぽんと撫でた。
それだけで泣いてしまいそうになった累だが、なんとか耐えた。

「奏汰、あの時はごめんね」
「いいんです。しかたがない ですから。みんな げんきそうで あんしんしました」
「貴様こそな」

久しぶりに安心する空間だった。周りからの嫌な視線もない、自分達だけの空間。
最後になるだろうこの時間を累は噛み締めていた。

「ちょっと!零兄さん離してヨ!」
「我儘言ってんじゃね〜よ。てめえのせいで最後じゃね〜か」

最後に現れたのは夏目を俵担ぎした零だった。
零は乱暴に夏目を降ろすと空いていた椅子にどかりと腰掛けた。

「全員集合だな」
「小僧、貴様も早く座れ。そろそろ始まるだろう」
「なっちゃんいそいでください〜」
「そうよ、せっかくの渉のステージなんだから見届けないと」

夏目以外は全員席のついて真っ直ぐステージを見ている。
その背中が大きくて、夏目は自分の手にしていた紙束をぐしゃりと握りしめた。
その紙束は本当は渉に演じてもらいたかった五奇人が幸せになるための台本。渉には拒まれてしまった。

「ボクは兄さんや姉さんたちみたいにはなれなイ」

悔しみを顔に移しながら夏目は静かに席に着いた。



しばらくしてライブが始まる。
渉のライブは最高だった。彼は華々しく悪役として散っていった。悪役とは思えないほど賑やかで騒がしくて、本当に渉らしい。

刻一刻とライブは終わりに向かう。
ずっと、このままでいたかった。

喧嘩をしていることの方が多かったけれど、彼らと過ごした時間は本当に楽しくて、幸せで、大好きだったのだ。

決してもう会えないわけではない。
それでも今までのようにいかないであろうことを全員感じていた。

それに累は、もう何をする気にもなれなかった。
強気で堂々としたクールな累の面影はどこにもない。

「ほんと、騒がしい渉にはフィナーレがお似合いだったわ」

ライブの終わりとともに、累は静かに目を閉じた。


20170405
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -