あれからどれくらい経ったろうか。宗には会えていない。奏汰とはあれっきりで累の前には姿を現さなくなった。あんなにもしつこかった零も顔を見ていない。

五奇人と知り合う前までは一人だった。薫という友人はいたけれど、累の性格上、一人きりで入ることの方が多かった。そこにいつの間にか入り込んできた五人。勝手に入ってきたくせに勝手にいなくなってしまった。元に戻っただけなはずなのに、寂しくてたまらない。

そんな気持ちを紛らわそうと、累は一心不乱にレッスンを続けていた。何も聞こえないように声をあげ、誰にも止められないように体を動かし続ける。

急にカセットから流れていた音楽が止まった。そこで累はようやく部屋の中に人が入ってきていたことに気がついた。

「そんなに無茶をしていては体を壊しますよ」

カセットの電源を落としながら微笑んでいたのは渉だった。

「私もドリフェスに出るの。だから邪魔しないで」

止められてしまった音楽を再び流すためにカセットへと手を伸ばす累。しかしその手は渉に捕らえられてしまう。

「おお!なんと勇敢なお姫さまでしょうか!しかしその必要はありませんよ」
「はあ?」
「ドリフェスには私が出ますから!」

それはとても重要な話であるはずなのに渉の話し方がただの日常会話のように思わせてしまう。そのせいで一瞬理解するのに遅れてしまった累は、数秒遅れてから渉の手を振り払った。

「なんで私じゃだめなの」
「累のライブは観客を幸せにするものでは?今のあなたではそれは不可能ですねえ、もちろん愛には溢れていますけれど!愛は時として憎しみに変わる。嘆かわしいことですよ」
「はあ?なに言ってるの?」

今の累は相手を倒すことだけで動いている。そんな累のライブは果たして人々を笑顔にできるだろうか。人々の心に響くのだろうか。そう渉は語りかけたが、今の精神的に疲れ切ってしまっている累には理解ができなかった。

「心配はいりませんよ!最後は華々しく飾ってみせますから!」
「でも、渉は最近ライブなんて全くしてなかったじゃない、なんで今更、」
「運命?必然?どっちでしょうねえ」

ふふふと意味深に笑う渉は、急に腕を組むと、考え込むような仕草をする。

「ねえ、累。次の舞台の題材は何がいいでしょうか?」
「はあ?」

不自然なほどに話を変えられて意味がわからないと眉にしわを寄せる累。
次の瞬間、渉は累の腕をとって引き寄せた。
累が驚いているすきに渉は累の耳元に口を寄せる。

「ああ、眠り姫がいいかもしれませんね、あなたのように」

その瞬間、累の瞼が急激に重くなった。体の力が抜けて渉に支えられる。
最後に見えたのは大丈夫、と言いたげに笑う渉の顔だった。

それから累の目が覚めたのは随分と時間が経った後だった。がばりと体を起こすと、そこは自分の部屋のベッド。
真っ暗な部屋に時計の針の音だけが響いていた。







翌日。学院は渉とfineのドリフェスの話で持ちきりだった。既に日程も決まってしまっていて、確定事項らしい。もう自分にできることは何もないと言われているようだった。
それでも立ち止まることはしたくなくて、累は最後のあがきとばかりに、直接生徒会に乗り込もうとしていた。それに意味があるかどうか、というより累自身で何かしたいという気持ちだけで動いていた。

「どこいくんだ」

その声とともに腕を掴まれ引っ張られた累は足を止めた。
声の主は振り返らなくてもわかる。嫌いで嫌いで仕方ない、でも今はどうしてか安心してしまった零の声だ。最近は海外へと行っていて姿を見ていなかったのだが、いつの間に帰って来ていたのだろうか。

「生徒会の、あいつ、絶対にあいつがやったんだ」

累は振り返りもせずにそう言った。
表向き、fineはつむぎが指揮をとっていることになっていた。でも累は違うと断言できた。それはほとんど直感に近いものだけれど、あの花壇での出来事やvalkyrieのライブでの意味深な笑みから、裏で全てを操っているのはあいつだと、累はそう思っていた。

「証拠もねえだろ、今は駄目だ。俺がなんとかするからお前は、」
「私は守られているお姫さまは嫌!!!」

累は零の言葉を遮り、腕を振りほどいて叫ぶ。
零の方を振り返った累は今にも泣きそうで、いつもの強気な累はどこにもいなかった。それこそ、可哀想なか弱いお姫さまがそこにはいた。

「最近奏汰には避けられてるし渉には話を剃らされるし、宗はあんなんになっちゃったし、もう、もう嫌なの」

顔を覆って弱々しく累は言葉を吐いた。

自分たちでは守っているつもりだった累はどうしてか傷だらけになっていた。

零は累の腕を引っ張り抱きしめた。もう傷つかないように、守れるように抱きしめて見るが、今更遅いとしか言えない。

零に抱き寄せられた累はいつもならその腕から抜け出そうともがくのだが、今の累にはそんな力もなく、縋るように彼の制服を握りしめることしかできなかった。

「わかってる、今行ったってなにもできないって、でも何かさせてよ…なんでなにもさせてくれないの…」
「大事だからだよ。俺様も奏汰も渉も、お前が大事だから」

累だってそんなことわかっていた。
そして、この物語が終わりへと向かっていることも。

「もうすぐ終わる、大丈夫だ」

零は言った。
そう、もうすぐ終わる。零の手を加えることさえ許さず物語は勝手に進んで言ってしまったのだ。

「……………そうね、もう、大丈夫よ」

累は答えた。
その言葉は全てを諦めきったような響きを含んでいた。



20170330

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