手芸部の部室のドアが荒々しく開いた。宗が眉間に皺を寄せながら開いた扉の方を見ると累が苛立った様子でツカツカと室内に入ってきて、どかりと椅子に腰を下ろした。

「もう少し丁寧に扱えないのかね」
「だって!!おかしいと思わない!!!Valkyrieは落ちたって!!宗の努力も知らないで!!」

累が噛みつくように宗に返す。それに関して宗は一瞬だけ裁縫をしていた手を止めたが、なにも言わずに手を動かすのを再開した。

「累姉ェおちついてや、おっかない顔しとるで」

みかが駆け寄って心配そうに見る。

「はあ…ごめんなさいね、取り乱したわ。なずなは?」
「今日は来てへんで」
「そう…」

最近なずなは手芸部の部室に顔を出すことが少なくなった気がする。なずなは手芸部の部員ではないしおかしくはないのだが、Valkyrieの溜まり場と化しているこの部屋にいるのが当たり前であったのだ。

累はなずながいなくてよかったかもなと思った。表情にこそあまりでないが、なずなもみかに負けないくらい心配性だ。今の累を見たら先ほどのみかと同じように心配してしまうだろう。

累はため息を一つはいた。

「最近の夢ノ咲はおかしいわ…居心地が悪すぎる」
「それは否定できないな。どうも嫌な感じがする。…とにかく僕たちはドリフェスに出ることにしたのだよ」

ドリフェス、という言葉に累はいち早く反応した。Valkyrieの人気を落とすことになった根源であるドリフェス。それに出るというのだ。
ドリームアイドルフェスティバル。ペンライトの色で勝敗を決めるアイドル同士のライブ対決。これにより夢ノ咲ではアイドル内に権力の差が生まれてしまった。それに出て勝つことでユニットの人気が上がる。逆に参加していないと校内での人気は暴落し、かつての頂点であったValkyrieもまた、それに当てはまるのである。

しかしそのValkyrieがようやく重い腰を上げ、ドリフェスに参加するというのだ。

「仕方ない…かもしれないけれど、納得できるとは言えないわ」
「邪魔はするなよ」
「ええもちろん。その代わり、負けるんじゃないわよ」

累の言葉に宗は鼻で笑って、

「当たり前なのだよ」

と告げた。






それからValkyrieの厳しいレッスンが始まった。緻密に計算されたステージを完璧な状態で魅せるために毎日レッスンしている宗たちに会う時間もほとんどなく、ライブ当日を迎えた。

累は既に会場の席についていた。周りはValkyrieを見に来た人よりも対戦相手を見に来る人の方が多い。やはりValkyrieにあの頃の人気はないようだ。それに加え、お相手は最近頭角を表し、次々とライブの勝利を重ねているfine。ファンの差が出てしまうのも仕方がなかった。

累もfineについては小耳には挟んでいたが実際に見るのは初めてだった。
ライブは人気のあるユニットから始まる、つまりfineが先だ。
fineの4人が出てくる。その中に、先日の中庭で会った男がいた。その時の会話が蘇って来て少しだけ苛立ってしまう。他人に興味のない累がここまで人のことを鮮明に覚えているのは珍しい。それほど、彼のことが気に食わなかったのだ。
累は会場の席に座っていながらライブを見ないのも失礼に値すると思い、苛立つ気持ちを抑えながら静かに鑑賞していた。すると驚いたことに、例の男がこちらを見た。それからまるでいることをわかっていたかのように驚きもせず、にこりと微笑んだ。
嫌いな男に微笑まれるなんて苛立つことこの上ない。累は必死に苛立つ気持ちを抑えながらライブが終わるのを待った。

それからようやくValkyrieの番が来た。重い重低音が鳴り響く会場に、宗を中心にしたパフォーマンスと優美さは色褪せずに変わらない。

いつもの通り調整は完璧だった。

完璧なはずだった。

ただ、絶望的なくらい、Valkyrieとドリフェスというシステムの相性が悪かったのだ。ついていけないのなら置いていく、そんな宗のステージに取り残されてしまう人が出て来た。全ての客がValkyrieを見に来たわけじゃない、それが宗たちを苦しめていた。

その時、突然プツリと音がやんだ。ステージ上の3人ははっとして動きも何もかも止まる。機材トラブル。あってはならないが、起こることも考えられる。
それに宗は対応できなかった。完璧に、緻密に計算されたステージだからこそ、ミスは絶対に許されないのだ。
累はステージから動けない宗たちの代わりに放送室に向かおうとした。客をかき分け出口を目指す。

その累の耳に歌が聞こえた。

その声は紛れもなくみかのもので、ステージにいるみかは必死に歌っていた。宗の歌に比べたら下手くそであまりにも酷いけれど、必死に歌うみかに累の目は釘付けだった。
しばらくしてその声に高い声が重なる。しばらく聞いていなかったなずなの声だ。それは宗の求めていた完璧な歌声ではなかったが、とても綺麗だと感じた。

だが、大事に大事に守られて来た完璧なマリオネットは壊れてしまった。

累にはもうわかっていた。Valkyrieはもう。いや、そんなことは考えたくなかった。

宗を見ると、全てが終わったような絶望を顔に移していた。それでも最後になるかもしれない、その想いに動かされて口を開く。二人の不協和音に宗の声が重なった。一級品なはずのそれは不協和音しか産み出さない。いくら上質な歯車でも、噛み合わなければ意味がない。

累はただ、呆然と立ち尽くして悲鳴にも聞こえるValkyrieの歌を聞くことしかできなかった。

「負けないって言ったのに」

累の目から一筋の涙がこぼれた。



20170323
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