累は苛立ちを露わにしながら中庭のベンチに座っていた。と、言うのも先ほどまで零に絡まれていたのだ。隙をついて蹴りを入れて撃退したはいいものの、逆に火をつけてしまったようで追いかけ回されていたのをようやく撒いたところだった。
零自体、累をからかって追いかけているだけで捕まえてどうこうしようという気はないようだし、累もそれを分かってはいたが捕まるのは嫌で逃げてしまう。零と累、二人の言い合いはよく見られる光景であり、またこの追いかけっこもよく見られる光景で、周りからはああまたかぐらいの視線が向けられる。
苛々を落ち着かせようと一つ深呼吸をする累。
ふうと息を吐いたところでふと前方にある花壇が視界に写った。
そこには秋に咲く花が並んでいてとても綺麗だった。苛立っていた累の気分も少しだけ癒された気がする。
そのとき誰かの足音が聞こえた。せっかく一人でゆっくりとできたところなのに誰だろうとそちらに視線を向けると、青い瞳で綺麗な白銀の髪を揺らす男が立っていた。
男は累に向かって微笑みかけ、それから花壇の側へ行き花に触れた。
「ここに咲いている花はとても綺麗だよね」
その問いかけはきっと累に向けられたものであると思われるが、知り合いですらないこの男に返事をすることはなかった。
「君はここにある花のように美しい」
突然おかしなことを言う奴だと累は思った。怪訝な顔をしている累が視界に入っていない、目の前の男は話を続ける。
「この花はね、選ばれたものなんだ。元はたくさんの芽を出していたけれど、美しく見えるようにいらないものは摘んでしまう。そして綺麗な世界を作り出すんだ」
男は立ち上がって累に向かって微笑む。
「だからこの花たちはとても美しく咲ける。そう思わないかい?」
なんだか嫌な言い方だ。もちろん彼の言い分は正しい。いらないものは捨て、美しいものだけを残せば、自然と残るのは美しいものだけだ。美しいものを作るためには犠牲は当たり前、彼の言葉からはそう感じた。
「摘まれた花はどうなるの?」
「どうしてそんなことを考えなければいけないんだい?美しい花がある、それだけでいいじゃないか」
淡々と答える男になんとも言えない感情を感じた。確かに彼の言っていることはもっともだが、あまりにも、冷たすぎる。
摘まれた花だって今ある花には劣るかもしれないけれど美しく咲けたかもしれない。不恰好でも花が咲けばそれは美しいと感じられるだろう。
「まあ、人の価値観はそれぞれだから何も言わないわ」
そうは言いつつも自分に向かってに微笑む彼に嫌悪感を感じた累はベンチを立ちあがり、
「あんたはそこに咲いてる花と摘まれた花、どっちなんでしょうね」
そう告げて男に見向きもせずにその場から離れた。
残った男は累いなくなった方を見て笑みを浮かべる。しかしその目は全く笑っていなかった。
「そうだな僕は…この花を掘り起こして新たに美しい花を植える庭師、とでも言えばいいのかな」
意味深なその言葉は累にはもう聞こえない。
20170321
20181014
最後の英智の台詞を新しく植えられた花から庭師へと変更しました。