ずでんと派手に目の前で男が転んだ。彼の手にしていたプリントが空を舞う。累は手を差しのべることもなく、それを黙ってみていた。別にその男は知り合いでもなかったし、累は気を許した人間以外にはそんなに優しくない。
男は立ち上がると累に気づき、きょとんとした顔をする。

「あれ?この学院に女の子?」
「どうでもいいけど先に拾ったら?」
「ああそうだ!」

累の言葉に散らばってしまったプリントを拾う。
散らばってしまったプリントの一枚は累の足元にあった。それを仕方ないというのを隠さずに拾い上げる。

「ほら、」
「ああ、すみません、ありがとうございます」

へらりと笑って見せる彼ーーつむぎは累から最後の一枚を受け取った。
彼は累と同じ3年生で、それから宗と同じ手芸部に所属しているから累も知っていてもおかしくはないのだが……如何せん累は親しい人以外は興味なしである。

つむぎは拾ったプリントの枚数を数え、全部あることを確認すると再度累にお礼を言った。
それから、

「最近噂のお姫様ですね、夏目ちゃんみたいにとてもお似合いです」
「夏目ちゃん…?」

つむぎの口からでた知り合いの名前…しかも女の子のようにちゃんをつけて呼ばれた名前に累は驚いておうむ返しをする。

「ああ、一年生に逆先夏目くんているでしょう。彼とは幼い頃に会ったことがあって、そのとき、夏目ちゃんは女の子の格好をしていたんですよ」

にこにこと楽しそうに語るつむぎはべらべらと夏目の個人情報を話した。これが夏目の耳の入ったら間違いなくこの男は殺されるだろうが、累の知ったことではない。有益な情報を流してくれたことを賞して葬式にぐらいなら出てやってもいい。

「あ、では僕はこのプリントを届けなければならないので失礼しますね」

つむぎはプリントを抱え直すと足早に去っていた。





「夏目!!!!」
「なんだか嫌な予感がすル」

図書室の地下、夏目の部屋と化している秘密の部屋の扉をノックもなしに勢いよく開けた累。その顔は何か企んでいるようで夏目の第六感が嫌な予感を知らせていた。
実験の片付けをしていた夏目はフラスコをしまう手を止めてとりあえず累の話に耳を傾ける。

「あんた女装したことあるんだって?」

累の言葉に思わず手にしていたフラスコを落としそうになった。すんでのところでフラスコを持ちなおし、顔をひきつらせながら累のことを見る。

「どこでその話を聞いた?」
「なんか青いもじゃもじゃが言ってたのよ」

殺す。
それが累の言葉を聞いて夏目のなかを埋め尽くした。それは累に向けてではなく今はこの場にいないつむぎに向けてだ。今ごろつむぎはくしゃみ……いや悪寒を感じているだろう。

しばらくの間いかにしてつむぎを懲らしめるかということを考えていた夏目だが、はっと気づく。

「というか累ねえさん、あの先輩に会ったノ…?」
「会ったというかたまたまあいつが転んだ場に居合わせただけだけど」

夏目のなかでつむぎは要注意人物に部類されていた。そのつむぎと大事なお姫様が出会い知り合ってしまったことは夏目にとって一大事である。できれば、つむぎには近づいてほしくなかった。

「ふうん、まあいいけどあいつには近づかない方がいいヨ、あぶないかラ」
「あんなひょろっとしたやつより強い自信あるんだけど」
「物理的には確かに累ねえさんの方が強いかモ。でもそうじゃなイ。あいつは嫌な感じがすル」

そう言って夏目は片付けを再開する。
しかし一つめのフラスコを手にしたところで誤って地面に落としてしまった。

「ちょっと大丈夫?夏目にしては珍しいミスね」
「あー…ごめん累ねえさん、みっともないところを見せたネ」

特に力を緩めていたはずではないのだが、無惨にくだけ散ってしまったフラスコ。何か悪いことを暗示していなければいいのだが。

「ところで話そらさないでよね」
「なんのことかナ?」
「夏目も女装してたんでしょ?写真ないの?気になるんだけど」

ねーえ、見せてよ?と、猫撫で声の累に一瞬、ひるんだ夏目だったがなんとか持ち直して目をそらす。
後ろから舌打ちする声がして累の攻撃に耐え抜いた自分を誉めたくなった夏目だった。



20170208
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