「私のこと好きよね?」
「「「イエス!マイ!プリンセス!」」」
「今日はどうもありがとう!また会える日、楽しみにしてるね〜!」

しまった。
ライブが終わりステージ脇にはけた累はじんじんと痛む足をちらりと一瞥して険しい顔をする。
連日のライブで慣れが生じたが故の油断により、足を捻ってしまった。幸い、ライブには影響もなく、誰にも気づかれなかった。
捻ったと言っても軽くだし、時期に痛みも引くだろう。

その時はそう思った累だったが、その足の痛みは次の日にも引かなかった。
歩けないほどでもないので今日のレッスンが終わり次第、保健室に行くことにする。昨日のミスを思うとレッスンを休むという選択肢は累のなかになかった。

授業が終わり放課後、累はレッスンのためにレッスンスタジオに向かって廊下を歩いていた。すると前から宗が歩いてくることに気づく。
最近ライブのためにレッスンをつめていたため、宗に会うのは久しぶりだった。以前は手芸部の部室に定期的に顔をだしていたのだ。累にとって友人しかいない手芸部の部室は居心地のいいものだった。
向かいから来ていた宗も累に気づいたようで、累を見て顔をしかめながら足をとめた。

「なんだか久しぶりね」
「これが普通だろう。貴様が部室に来すぎなだけだ」
「そういえば最近行ってなかったものね」
「影片がうるさくて叶わん」
「みかが?」
「会いたいが邪魔したくないからと連絡すら控えていたようだよ」

みかが携帯とにらめっこしている姿が思い浮かぶ。
たまには部室に顔を出さないとなと累は思った。宗だってそれを望んでいるはすだ。そうでなければ、累にこの話題をふってくることはないし、累にはたまには顔を出せ、と言っているようにしか聞こえなかった。拒絶の言葉が宗から出てきていないあたり、おそらくそう、なのである。

「ねえ、いまから部室にいっていい?別に少しぐらいレッスンを送らせても私一人だから構わないしね」

累はいいことを思い付いた、というような顔をするが、それと対照的に宗は思いきりため息をついた。

「本当に貴様に姫なんて愛称は相応くないな」
「急になによ」

宗の言葉に累はむっとした表情を浮かべる。
そんな累に構うことなく宗は累へと近づくと、膝裏と肩に手をかけてそのまま累を抱き上げた。いわゆる、お姫様だっこである。

「ちょっとなにするの!おろしなさいよ!」
「そのわりにはしっかり腕を回すのだな」
「……っあーもう、渉の癖でつい、よ!」

慣れとは怖いものだ。渉にお姫様だっこで運ばれ慣れてしまった累は条件反射で宗の首に腕を回して体制の安定を図ってしまう。
それを指摘されるとほんのりと顔を赤らめて宗から視線をはずした。普段口喧嘩ばかりしているが、こうして表情を崩す累を見る限り、宗のこともかなり信頼していると見てとれる。

「あんたこそ似合わないことしないでおろしなさいよね!」

すぐに気を取り直した累は宗に噛みつく。

「その足でレッスンをするなどほざくからだ。一つの綻びは全ての崩壊を招く。大人しくしておけ」
「…気づいてたわけ?」

宗は答えなかった。が、無言の肯定だろう。ゆっくりと歩き出した。

「気持ちはうれしいけど無理しないでいいのよ、あんた体力もないくせに」
「お前一人運ぶことぐらいできる」

と、宗は言うが、正直なところそれは信頼できない。累の記憶では宗はそんなに体力のあるやつではなかった。ただ、器量がよいためにそれを見せないだけだ。
そして今もそうだ。視線をあげて宗を見ると表情からはなにも伺えない。しかし見た目が女に見えるだけで、身長は宗といかほども変わらない累を運ぶのが簡単だとは言えないだろう。確かに可能ではあるが、それこそ宗が累にかけた言葉をブーメランにして返せる。

宗にここまでされてレッスンなんて出来ない。今日はゆっくり休もう、そう思った瞬間どっと疲れが押し寄せてきた。気づかなかっただけで累の体には疲れがたまっていたのだ。
実のところ、宗はそれをも見抜いていた。普段みかやなずなを調整するうえで、人の体の変化には多少敏感である。他人であれば知らぬふりをしていただろうが、それが累だった。

宗から視線をはずさずに思考を巡らせていたからか、それに気づいた宗が舌打ちだけした。文句を言う余裕もないというわけだ。

しばらく歩いていると、前方に人影が。
それは宗のよく知る人物だった。

「りゅ…鬼龍か」
「よう、珍しいもんが見えたから来てみたんだが…あんたが噂のお姫さんか」
「ちょうどいい、俺は用事がある。貴様がこいつを保健室に運んでおけ」
「ちょっと、」

累が言葉を挟む間もなく宗は押し付けるようにして現れた鬼龍に渡した。
そのまますぐに去ってしまい廊下には呆然とした二人だけが残される。

「…悪いわね、問題ないから下ろしてくれる?」
「ん?いや、俺は構わねえが…どっか悪いんだろ?保健室に連れてくぜ」
「ちょっと捻っただけだから大丈夫よ」

それでもおろすことをためらった鬼龍だったが、

「大丈夫だから降ろして」

という淡々とした累の声。明らかに先程より声色が冷たくなったそれに気づいた鬼龍は丁寧に累のことを降ろした。

「大丈夫そう、だが保健室までは付き添うぜ。じゃねえとあとから斎宮に何を言われるかわかんねえからな」

ぽんっと頭にのせられた手。
累は女の子のようだと見た目を誉められるのはいいが、女の子扱いされるのはあまり好まなかった。
思わずのせられた手を払い除けると鬼龍はびっくりした顔をする。

「ああ…ごめんなさい。私女扱いはされたくないの」
「あいつとつるむだけあって全く理解できねえ…が、それは悪かったな。妹がいるからつい、女の子には優しくしてやらねえとってなんだわ」
「見かけによらないのね…宗に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ」

まあ優しい宗なんて気持ち悪いけど、と付け加えれば鬼龍は苦笑いで答えた。
ここまで宗にずばっとものを言う人を久しぶりに見たと鬼龍は思った。それだけ信頼しあえてるのだとわかる。
昔は自分の後ろでずっと泣いていた宗がずっと気にかかっていたが、心配などいらなかったようだ。
そのうえお姫様の騎士気取りをしていた、なんて、似合わなすぎて笑えてくる。
しかし、累との出会いは宗にとって良い出会いであったんじゃないかと思う。

「ていうか私も部室に行くって言ったのに。早く保健室に行って文句でも言わなきゃ気がすまないわ」

鬼龍は目の前の置いていかれて少し不機嫌なお姫様を見てそう思うのだった。



20170106
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