電車登校の累は朝の眠気にあくびを噛み殺しながら電車に揺られていた。
学院の最寄り駅について電車を降りる。すると見知った顔を見つけた。彼は累を見つけると笑顔を浮かべる。そんな彼を見るや否や、累は彼のもとへ走りよって……それから手で口を塞いだ。視線で目立つようなことはするなよ、と訴えると彼はにこりと笑う。承諾ととっていいのかわからないが、彼はそのまま累の腕をゆっくりとおろさせた。

「おや、なんです?積極的ですね!」
「違うわよ、うるさくされたらたまらないと思って」

彼……とは渉である。奇人と言われる彼の奇行は累も身をもって知っている。だから騒ぐなと訴えたのだが、果たして彼はそれを理解しているのだろうか。

「黙ってたら美人なのに損してるわよ…って近いんだけど」

いつのまにか累と渉の距離はゼロ。
嫌な予感がした。
そういうものほど的中してしまうのはなぜだろうか。

「さあ、いきましょう!」
「ちょっと!」

累の鞄を奪い取ったかと思うと、そのまま累のことをお姫様だっこする渉。
累が五奇人のお姫さま、と言われるようになってからというもの、渉はよく累のことをお姫様だっこして連れ回していた。渉を止めるのは難しいと知っている累は学院内ならいいかといつもはそのまま彼の好きなようにさせているが、ここは学院の外。一般の、何も知らない人も見ている。こんなところでお姫様だっこされたまま歩くなんて悪い方に目立つに決まっている。
累はなんとかして渉の腕から逃れようとじたばたした。

「いつもは大人しく抱かれていると言うのにどうしました?」
「ここは学院の外!みんな見てるの!」
「問題ありません、世界は愛に満ちていますからね!」
「関係ない!わよ!」

じたばたもむなしく、身長差と体格差で全く歯が立たない。途中で諦めた累は少し筋力をつけた方がいいかもしれないと死んだ顔をしながら渉によって学院に運ばれていった。


学院についてようやく満足したのか、累は渉の腕からおろされる。
しかし渉のそばから離れようとした瞬間、髪が引っ張られる感覚。どうやら暴れたことによって渉の制服のボタンに累の髪が絡まってしまったらしい。

「はあ…私の鞄にハサミがあるから切って。ああ、あんたのボタンをね」
「少女漫画にありがちな展開ですね。まあ累の一言で台無しですが」
「髪を切るなんて嫌だし、ボタンなら私がすぐに直すわ」
「それもそうですね」

近場にベンチがあったのでそこまで移動して渉が丁寧に累の髪をボタンから外す。ころりと外れたボタンは累に手渡された。

「髪が乱れてしまいましたね。ボタンをつける間に整えてあげましょう」

あばれたせいでいつものツインテールが緩んでしまっているのに気づいた渉は累の了承を得る前に髪をほどき、櫛を取り出して整え始める。
まあ下手な髪型にはされないだろうと累は渉の好きにさせることにした。

「はい、できたわ」
「こちらもできましたよ」

渉にジャケットを返すと代わりに手鏡を渡された。
それを使って仕上がった髪型を見ると、そこに写っていたのは渉と同じ髪型をした自分がいた。

「こうされる気がしたわ」
「てっきり嫌がられるか気持ち悪がられるかと思いました」
「別に似合うでしょ?ふふ、いいわね、お揃いってのも」
「喜んでもらえたなら何よりです」
「そうね…奏汰や宗は無理だけど夏目なら三つ編みだけでも同じ髪型できるかしら?」
「もう一人お忘れでは?」
「…気のせいよ」

もう一人、とはおそらく零のことだろう。彼も髪が長い方だ。渉の言葉に嬉しそうな顔から一転させる累。もう何度目の光景だかわからないが、相変わらずの零のことは嫌いのようだ。

「うん、せっかくだし夏目ともお揃いにしたいわ」
「それでは探しにいきましょうか、この時間なら登校しているでしょうし」

どうやらお揃いが気に入ったらしい。
再度鏡を見て嬉しそうにした累は意気揚々と立ちあがり歩き出す。

「早く行くわよ、渉」

そう急かす累に渉は思わずくすりと笑ってしまう。珍しく顔が緩んでいる累。普段表情をほとんど崩さずクールな累だが、信頼している友人の前ではごくたまにいつもと対照的な表情を見せる。それを見ることができるのは累の友人の特権だ。

夏目を探す累と渉だが、案外すぐに見つかった。しかし、累は彼を見たとたんに回れ右をする。来た道を戻ろうと足を進めるが腕を何かに捕まれた。何かと言うと隣にいる渉しかないわけだが、累が顔をあげて彼の顔を見るとにっこりと笑っていた。

「おはようございます零、夏目くん!」
「おはよう師匠…と累ねえさん」

むっすりとした顔を浮かべる累に夏目は苦笑いする。
そして、隣にいた累の天敵は物珍しそうに累を見ていた。

「んだ珍しい髪型してんじゃね〜か」
「お揃いですよ!いいでしょう!」

零を見て得意気に笑う渉。
それに対して累は黙ったまま怒ってますよというように全員から視線を外してむっとしている。
そんな累をじいっと見る零。
その視線があまりにもしつこいためにうざったく感じた累ははずしていた視線を零に向けてキッと睨んだ。

「なによ」
「なんでもね〜よ」
「あんたはどうでもいいわ。夏目もお揃いにしない?三つ編みくらいならギリギリできるでしょう?」

せっかく零がいるのにも関わらず夏目のそばに来たのだ、目的を果たそうと零をそこそこにあしらって夏目の方を向く。

夏目はくすりと笑って累の手をとった。

「累ねえさんが結んでくれるなラ」
「珍しく甘えん坊ね」
「たまにはいいでショ」

ネ?と小首をかしげられてしまえばかわいい後輩の頼みなど断ることは出来なかった。
仕方ないわねえなんて声をあげながらどこか嬉しそうに累は夏目の手を引いてベンチへと向かう。
その際、手を引かれた夏目は一瞬零を見て、それから自慢げに笑った。

「夏目にまでからかわれてますよ」

くすくす笑う渉。
もちろん、零も夏目にからかわれた、ということは理解していた。別に夏目のように累に優しくしてもらいたい訳ではないが、あそこまで露骨に違いを見せつけられてしまえば、お気に入りのおもちゃをとられたのと同然で、言い様のない気持ちが生まれてしまうのも仕方ない。

「うるせ〜な」
「わたしだって夏目だって累のことを愛していますからね!」
「だからなんだって〜んだよ」
「零だって放っておけないんでしょう?まあ累もあなたのことが完全に嫌いなわけではないと思いますよ。好きの反対は無関心といいますからね」

渉はそういいながらポンッと薔薇を出す。
それをすっと零に差し出して楽しそうに、からかように笑った。

「零も意外とさみしがり屋ですからね〜」
「んなわけね〜だろ」

差し出された薔薇を受けとる気は零になく、それを知っていた渉はその薔薇を零の胸ポケットに突っ込んだ。

「大丈夫ですよ私がいますからね!あなたの日々樹渉はいつでもここに!」
「はあ…いつも元気だなお前は…」

渉の奇想天外な発言に、ムキになって返していた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。

「ふふ、ではさみしがり屋の零に私からプレゼントです」

渉の言葉にはあ?と声をあげる前に自分からぽんっという音があがった。驚いている間もなく頭に違和感と、笑顔の渉が目に入る。

「長さが足りないところは足しておきました!どうです?」

どうやったのかまるで検討はつかないが、零の髪型は渉とお揃いになっていた。本当にあっという間。零には止めることも出来なかった。

「はあ?なんであんたもお揃いなわけ?」

そこに夏目の髪を結い終えた累が戻ってきた。
ああ、また色々と毒を吐かれるのだろうと、言い返す言葉を探す零だったが、次に累がした行動は、

「ま、いいわ。せっかくだし写真とるわよ。どうせだからあんたも入れば?」

携帯のカメラを起動した累は夏目と渉を呼び寄せる。さっと身だしなみを整えた累は

「ねえ、入んないの?」

と、にやにやしている夏目と渉を後ろにつけて、いまだに立ち止まったままの零を呼んだ。

パシャリと1枚の写真がとられる。さすが全員アイドルとあって全員きれいにとれている。
そのなかには、もちろん。

累はその写真を見て、嬉しそうに笑った。



20161212
お揃いの髪型→三つ編みだけお揃いに変更
渉の2年次はポニーテールでした…
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