「ムスターファ!」
そう言いながらあいつに抱きつくお前は私の恋人。
「な〜んか立人機嫌悪いよね?」
「別に」
「ほら、そっけない」
「私がそっけないのなんて今更だろう」
「今更じゃない、立人いつもはわたしを見て答えてくれるもん」
そんなことを言いながら私に言い寄る花鹿は少しだけ困ったような顔をしていた。そんな顔しても無駄だ、自分でわかってくれないと困る。だって私をこうさせているのはお前なのだから。
「ね〜ね〜、ほんとにどうしたの?」
「だからなんでもないと」
「嘘だよ、ちゃんとわたしの目をみて!」
語尾を強く言いはなったかと思えばいきなり両頬を包まれ無理矢理に花鹿の方へと顔を向けられる。グキッというあられもない音が鳴った。思わず呻き声を上げる。
「いっ!?」
「なんなんだよ!言いたいことがあるならちゃんと言ってよ!」
「か、花鹿」
ずいっと顔を寄せてくるのはおそらく無意識だろう。無意識だからこそ困るのだが。花鹿はいかにも不満、といった表情でじっと私の目を覗き込んでくる。容赦ない銀色の目。らしくもなく心臓がどきりと音をたてる。
「ちょ、花鹿!」
「ほら、言ってみろ!」
「だっ・・・近いって!」
「言ってみろ〜!」
包まれていたかと思えば今度は勢いよくつねられる私の頬(冗談抜きで痛いのだが!)荒々しくなる花鹿の所作を封じようとその両腕を掴むが、掴めば余計に暴れるせいで頬が余計に痛い。
「わ、わかったから!離せ馬鹿!」
うまく回らない呂律で降参の声を上げれば花鹿はしぶしぶ私の頬から手を離した。ひりひりと痛むそこをさすっていると、さっきまでの不機嫌そうな顔は一変し心配そうに私の頬に触れてきた。
「ごめん、やりすぎた。痛いだろ?」
「あ、・・・た、大したことない」
「ごめんね」
しゅん、と項垂れる花鹿。なんだどうしたどうなっている、と私の脳内は急すぎる展開についていこうと必死だった。
「いや、だからもういいから。花鹿、お前なんか今日変だぞ」
「・・・・・・」
「何があったんだ?」
激昂したかと思えば自分がしたことに対して心底申し訳なさそうに項垂れる。もともと感情変化の激しい性格だが、ここまで顕著に顕れるほどではなかったと思う。出来るだけやさしく問いかけると、花鹿はゆっくりと顔を上げた。銀色の瞳がほんのすこし、揺らいで見える。
「・・・花鹿?」
「立人が、遠い」
「え?」
消え入りそうな声が聞こえたかと思えば、急に滑りが良くなる花鹿の口。
「ときどき、立人はわたしの知らない顔をするんだ。見て、ないんだわたしを」
縋るように私を見つめる、今まで知らなかった花鹿が目の前にいる。心臓が握られたように軋んだ。今にも泣き出しそうなその目が私をどうにかしそうになる。
「ねえ、どうして?どうして教えてくれないの。わたしじゃ嫌だ?」
「・・・違うよ、花鹿。私はただ、」
細い肩を抱き寄せ自分の胸の中に閉じこめれば、私を掻き乱そうとするあの目は見えなくなる。息をひとつ吐き、花鹿の耳元に唇を寄せて囁く。
「嫉妬をしたんだ。」
「・・・え?」
「お前が、あいつに抱きついたりするから」
「あいつ・・・?、ムスターファのこと?」
震える声で問う花鹿に素直に頷くしかなかった。
「お前は、私の恋人だろう?」
「う、ん」
「なら、私以外の男に抱きついたりするな」
「ええ?!」
「・・・なんだその反応は」
予想だにしていなかった花鹿の言葉に今度は自分が不機嫌になる番だった。腕の中の花鹿を真っ直ぐ自分に向かせその瞳を覗き込めば、戸惑ったように見つめ返してくる花鹿。
「ダ、ダッドも?フレドも?ルマティもカールも?」
「・・・」
最初のふたりはともかく最後のふたりには違和感を覚える。まあ陛下はいいとしてカールは・・・。と考えていると心底困ったような花鹿の顔が目の前にくる。
「っ!」
「だ、だめなのか!?」
あまりに真剣に問いただしてくる姿を見ているとなんだか自分が可哀相なことをしている気分になってくる(そんなはずないのに)重苦しい溜息をひとつ吐くが特に効果はなかった。
「り、立人」
「ハリーやフレドは家族だからいいけど」
「じゃあルマティもいいんだよな!いとこだし!」
「・・・はあ」
まあ、そこらへんは大目に見よう。そう呟けば花鹿は花咲いたように笑った。そんな反応をされるとなんとも複雑だ。
「ム、ムスターファやカールはどうしてもダメ?」
「、だ、だめだ」
「ど〜しても?」
「ど〜しても、だ」
「・・・けち」
さっきまでの憂いさはどこへいった。今なんて言った。思わず目を剥くように花鹿を見つめると一瞬唇に触れる何か。
「・・・おま」
「これは立人にしかしないよ」
ね?と伺うその仕草はやっぱり無意識だろうか。直視できずに目をそらせばそれを追って花鹿は顔を寄せてくる。
「っああもう!当たり前だろそんなの!」
「ね、いい?」
「わかった!わかったからとにかく離れろ!」
「ほんと!?」
あ、と言ったところで時既に遅し。花鹿は嘘みたいに私から離れて駆け回っていた。
「・・・ったく」
そんな花鹿の姿を見つめて、どうしようもなく溜息が溢れた。そっと自分の唇に指を置けば馬鹿みたいに熱くなっている。敵わない、とまた溜息が洩れた。
君の前じゃ大人になれない
2011.01.05 拍手より
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