その声で、表情で、仕草で。
俺の心臓は鷲掴みにされたような感覚に陥るんだ。


 
君が俺を危うくする。


自分の気持ちを自覚してからというもの、彼女に対してどう接するべきか悩むことが多々あった。無防備に笑顔を向けるその仕草が、不思議なまでに俺の感情を読み取るその眼差しが、彼女の何もかもが俺の内側を燻った。

「おはようございます、敦賀さん!」
「ああ、おはよう最上さん」

今日もまた花のような笑顔を向けながら俺の名を呼ぶ、そんな君に思わず顔が緩みそうになる。必死に筋肉を引き締め平静を装い、できるだけ自然に笑顔を返す。

「朝早くから元気だね、俺も見習わないと」
「元気ぐらいしか取り柄がありませんから!」
「いやいや、そんなにはりきっ言うことじゃないだろう」

胸にぽん、と手を突きつけて言う彼女が可笑しかった。思わず笑ってしまうと、彼女は上目遣いで首をかしげた。

「・・・っ」
「な、なんで笑うんですか」
「・・・え、ああ、いや。なんだか随分はりきってるなと思って」
「まあ、これでも自慢してますから」
「だから自慢することじゃないだろう」

最上さんにはいいところ、いっぱいあるのに。凶悪的に可愛い視線に堪えながら微笑むと、彼女は一層に不思議そうな顔をした。重なるように眉間に皺を寄せる。

「た、たとえば?」
「たとえば?・・・そうだなあ。料理がうまいとこ」
「それは・・・、女としては当たり前かと」
「そう?じゃあ、何にでも一生懸命なとこ」
「何でも必死でやらないとできないので」
「でもそれで出来るんだからすごいよ」
「ほ、誉めても何も出ませんよ」

俺の言葉に頬を紅く染めた彼女は恥ずかしそうに視線を逸らした。その仕草がやけに色っぽく、ただでさえ早まっていた鼓動が更に加速する。

「つ、敦賀さんは誉め上手ですね!先生とかに向いてそう!」
「そ、そう、かな。光栄だよ」

誤魔化すように笑うも、その顔は赤いまま。そんなに可愛い反応をされるとこちらとしても困る。どうしてやろうかと、そんな悪戯心に思考が支配されそうになる。彼女へと伸びそうになる腕を閉じこめるためポケットへと忍ばせ、騒ぐ胸を沈ませるため彼女にばれないよう深呼吸をした。相変わらず赤い顔のままの彼女を直視することは出来ず、情けなくも視線を少し逸らしながら話を続ける。

「今日は、ラブミー部の仕事?」
「あ、はい。社長に呼ばれてて」
「社長に?・・・嫌な予感がするなあ」
「え?」
「なんでもない、こっちの話」

あの人が彼女を呼び出すとろくなことがない。大抵大事になる、特に俺関連で。現代では恐ろしいまでに天然である彼女は何度同じような経験をしても慣れることがなく、今回もまたまんまと遊ばれそうになっている。かといって、社長に楯突くほど自分は大きな権力を持っていなかった。きっと明日には疲れ切ったような表情でいるだろう彼女のために、今俺は何が出来るかと考えをめぐらせたところ、あるひとつのアイデアが思い浮かぶ。

「最上さん」
「はい?」
「もし何かあったら、連絡しておいで」
「え?」

目を少し見開いて見上げた彼女に微笑む。

「社長のことだから、また面倒なこと君に押しつけると思うんだ。この前・・・君がクーの息子さんを演じたときは相談乗れなかったけど、今回なら俺も話聴けると思うし」
「敦賀さん・・・」
「まあ、俺なんか頼りにならないかもしれないけど」
「そっ、そんなことありません!」

むしろ神のお助けです!と必死に訴えるその様子が俺にはとても愛らしかった。よかった、と自分でも少し大げさなまでの反応をすると、彼女はふわりと綺麗に笑う。その表情が、やけに大人びている。

「もが」
「敦賀さんが話を聴いてくれるだけで、私すごく心が軽くなるんです!そう言っていただけると、すごく心強いですから!」

眩しい笑顔でそんな嬉しいことを言われると、必死に抑えている感情が溢れてしまいそうになる。今にも君へと伸びそうな手を頼りない理性でポケットへと詰め、緩む顔の筋肉を先ほどより気合いを入れて引き締めた。

「そう、そう言ってもらえると嬉しいよ」
「う、嬉しいだなんて・・・、恐縮です・・・」

そう言って身を小さくした彼女を抱きしめたくなる。最近は彼女のふとした表情や仕草を見るだけで心が大きく揺らいでしまう。理性の許容も、随分狭くなってしまった。いつか、この想いを抑えきれなくなって彼女を傷つけるかもしれない。それだけが、ただ恐ろしい。そんな日が絶対来ないように、今は忍耐力を必要とされる自分がいる。

「あ、それではそろそろ時間なので失礼いたします!」
「うん、頑張って」
「はい!」

張り切って返事をした彼女は律儀に礼をしてタレント部へと駆けていった。その後ろ姿を見送り、やっと一息つく。

「っはあ、・・・心臓に悪い」

これでもかという程に早まっていた鼓動を落ち着かせようとなんども呼吸を繰り返すも、ほとんど効果は得られない。予想以上に身体中を支配してしまったこの熱を冷ますには、少しばかり時間が必要だった。

「よく堪えた・・・俺」

重い溜息をついたあとひとことそう発すると、無理矢理気持ちを切り替えてまた歩き出した。少し経てばきっと元に戻る。でも多分、夜にはあの子から泣きの電話が入るだろうから、ああ今夜、俺は眠れそうもないな。再び溜息をつき、己が撒いた危険を呪うのであった。


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