「ん?どうしたムスターファ」

夕暮れの海辺に佇む姿があまりに儚くて思わず後ろから抱き締めた。大して驚いた様子もなく聞いてくる花鹿は海を見つめたまま、首に絡まった僕の腕に手を添える。細い指があたたかい。

「花鹿を行かせないために」
「あはは、どこにだよ」
「さあ、どこにだろうね。でもどこかに行ってしまいそうだった」
「私はどこにもいかないよ」
「ああ、わかってる」

なのに抱き締める腕はほどけないよ。柔らかい髪に顔を少し埋めたら、くすぐったいと花鹿は笑う。ああ、君の甘い香りと声に酔わされて、泡沫に溺れてしまいたい。いつだって君からの痛みこそを欲しがっていた僕なのに。今は君からの、甘く蕩ける幸福を望んでいるなんて。こんな傲慢な僕に神様どうか、目が醒めるような烙印をください。花鹿を還してあげられるように、どうか。


たとえるならば墜落
残像だけでもかまわないから


2011.10.17


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