「無防備なものだね」

気付かれないように溜め息を吐いたファルディオの横で静かに寝息をたてるアリシア。肩にもたれ掛かった彼女の重みは、生まれてこのかた女性に不自由したことなく過ごし扱いにも慣れているファルディオをらしくもなく動揺させた。緩やかなカーブを画く唇なんかを見ていると今すぐに手を出してしまいたくなる。まるで思春期の少年のような気持ちをこの歳になって感じるとは。甘ったるい溜め息がまたひとつ漏れた。

「…ん」
「アリシア?」

ふいにアリシアからくぐもった声が聞こえて心臓がどきりと脈打った。しかし彼女はみじろいだだけで目を覚ますことはない。むしろファルディオに擦り寄るように更に体重を預けた。

―どんな拷問だ、まったく

左斜め下に視線を落とせば凶悪的なまでに可愛い寝顔がある訳で。さっきみじろぎ体勢が変わったせいで腕には柔らかな感触が当たっている訳で。いっそこのまま、なんて本能的な結論に辿り着こうとする思考をなんとか引き戻す、ファルディオの脳内は先程からその繰り返しだった。無心無心無心。ただの温かくて柔らかい物体だと思え。言い聞かせる程に膨れ上がる欲が疎ましい。

「目が覚めたら覚悟してろよ、アリシア」

そんな恨み言葉を投げ掛けてから数十分後。ぼんやりと目を覚ましたアリシアのその後を知る者は本人と、その本人の上で妖しく笑った彼だけだったという。

おはよう本能、
おやすみ理性。


2011.04.21


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