「見て燐!このパンジー!」
「ああ?パンジー?」

急に歓声をあげて走り出したと思ったら。少し離れたところでしゃがみ込み何かを見つめるしえみは、弾む声で俺を呼んだ。

「ねーねー、燐ってば!」
「あ゙ー、今行くよ!」

再度呼ぶ声に、俺は頭を掻きながら足を踏み出した。しゃがみ込むしえみの左側に同じようにしゃがみ込むと、そこには見たこともないくらい小さなパンジーが咲いていた。

「私の小指より小さいの!」

そう言いながらパンジーの隣に自分の小指を並べたしえみは、何がそんなに嬉しいのかにこにこと笑っている。何だか俺が気恥ずかしくなるくらい。それにいつもより近くにいるせいか、その笑顔がやけに俺の心臓を叩き鳴らした。そんな俺の事情など知るわけもないしえみは、やっぱり笑ってる。

「パンジーの花言葉はね、物思いにふけるとか思索っていうの。こんなに可愛いのに、気難しいお花だよね」
「へえ〜、お前物知りだな」
「花に関することなら!」

と誇らしげに胸を思い切り叩いたはいいが、そのまましばらくフリーズした。どうやら自分で自分の行動が恥ずかしくなってしまったらしい。じわじわと、でも目に見えて分かるほどに赤くなっていくしえみの顔を見ていたらどうしようもなく笑いが込み上げてきた。

「っぶ!」
「わっ、笑わないでよ〜!」
「だ、だってお前!自分が一番恥ずかしがってどうすんだよ!」
「ぅ゙、うぅ〜」

赤い顔のまま唸り声をあげてただでさえ小さい身体をさらに縮こまらせたしえみに、俺は沸き上がる笑いを必死に抑え込みながら謝る。しえみは顔をあげなかったが、静かにこくりと頷いたのでどうやら許してもらえたみたいだ。

「でも…ね」
「ん?」

膝に顔を埋めたままのくぐもった声でしえみは話の続きをする。

「もうひとつ、違う意味があるんだよ」
「違う意味?どんな意味だ?」
「え、えっとね」

するとしえみはひょこりと顔をあげた。そして小さいパンジーを見つめて微笑んだ。

「純愛…っていう意味」
「へえ、純愛か……って、え?」

純愛、なんて今までの俺の人生で口にしたことがあっただろうか。いや、ない。断じてない。言い慣れない、おまけに聞き慣れない言葉だったため思わず聞き返してしまった。しえみはそんな俺の反応に気付かず話を続けた。

「物思いにふける。純愛。なんだか、初恋みたいじゃない?」
「初恋?な、なんで」
「だって、初恋はきっと誰だって純粋でまっさらなものでしょ?それに初めての経験だから、きっとたくさん悩んだりすると思うんだ」

小さいパンジーを見つめながらしえみは言う。すごく、やさしく笑って。その顔が見たことないくらい、綺麗、で。だから、ぎゅっと握られたかのように心臓が苦しくなった。

「…燐?」
「へあ!?なっ、なんだよ!?」
「え、えっと…呼んだだけ、だけど。燐ボーッとしてたよ?」
「そ、そそっ、そんなことねぇよ!」
「?へんな燐ー」

小首を傾げて、しえみは小さく笑う。そんなしえみの反応に俺は免れたかのような気持ちになった。あからさまに挙動不審になった俺を見て可笑しそうに笑う奴で良かった。もし勘の良い奴なら、あれこれと追求されてしまうところだ。

「ほ、ほら、行くぞ!」
「うん!」

落ち着かないまま立ち上がった俺に笑いながら着いてくるしえみ。ああ、弱った。しえみの笑顔が眩しすぎて目眩がする。俺、病気か?

少年パンジー


2011.06.19


prev next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -