雪肌に浮かぶ一筋の赤。溢れ出してくるそれを、俺はゆっくりと啜った。強張った小さな体をめい一杯に抱き締めて、のめり込んでいく。真紅の世界へ。

「…っ、ひじ、かた、さ」

着物を強く握り締めた手がそのまま俺の髪に滑り込んだ。苦しげな千鶴の声を耳にしながら、まだ渇いたままの喉に潤いを与える。千鶴の血を渇望していた身体中が浴びせられる幸福に歓喜し震えている感覚。

「もう、大丈夫じゃ…あっ」

既に塞がりかけている傷口を執拗に舐める俺に、千鶴は不思議そうに問いかけた。少しだけ掠れたその声にはある行為を彷彿させるものがあって、体の芯が熱く揺れる。抱き締める体の細さや柔らかさ、甘い匂いにどうしようもなく「女」だと思い知らされる。今さら気付いても仕方ない。なのに、心は、体は、この存在を渇望している。

「土方さ、んっ、あのっ」

焦りを含んだ声音が今の俺には扇情的だった。力の入った指先から千鶴の緊張が伝わってきて、ああやっと警戒してるんだなと思った。この喉笛に噛みついたら本当に死んでしまいそうだ。塞がりきった傷、だが舌はまだ千鶴の甘い肌を味わう。吐息のような声を漏らす千鶴は細い指で必死に俺を押しやり抵抗する。

「た、足りないなら、傷をつけます、からっ、あ、だか、ら!」

抱き締める腕に力が入る。そのまま、首筋を舌でなぞり耳を甘噛みするといよいよ千鶴は体をばたつかせる。寛げられていたのはほんの鎖骨までだったのに、千鶴の真っ白な肌がどんどん露になっていく。なんて美しい、体。手のひらは千鶴の体をまさぐり始める。舌が千鶴の耳を犯す、唾液の音に、千鶴は涙を流しながら嫌々と首を振った。

「やっ、ん!ひじ、ひじかたさっ、ん、やだ、ぁ…」

ああ本当に、溜め息が出るほどどこもかしこも甘くて、声まで甘くて。片腕に収まる細い体がふるりともどかしそうに震えたのが、どうしようもなく嬉しかった。

「なんだよ、やっと、警戒したのか…?」
「あ、う、あのっ…ん!」
「だが、遅すぎだ」
「土方さっ」

そう、もう何もかもが遅すぎたんだ。お前を手放すことも、この感情に鍵をかけることも。何もかもが取り返しのつかないところまできたんだ。

「千鶴」

自分のものとは思えない声が漏れたら、心も体も、渇望してやまなかったたったひとつに還るように溺れた。


不後退領域



2012.01.24



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