雪村千鶴が死ぬ程好きだった。あの日溜まりのような笑顔も優しさも。恥ずかしさに頬を染めながら俺に囁いた愛の言葉も。死ぬ程に、好きだった。



身体が動かない。だるい。倒れた身体はまるで自分のものではないようで、自嘲気味な笑みがこぼれる。

「平助くん!!」

遠退く意識の中でそんな声が聴こえた。よかった、俺、ちゃんと守れたんだ。その事実にただ安堵した。

「へ、すけくんっ」
「千鶴…」

守りたくて仕方なかった彼女を、今度こそ俺は守れたんだ。そう思うとたまらなく幸せだった。

「す、ぐに、手当て…」
「千鶴」

目を大きく揺らす千鶴の名を、呼んだ。静かに、言い聞かせるように。

「きた、みたいだ…限界、が」
「…っ!!」

途端に千鶴の両目から涙が流れた。まるで止まることを知らないように、次々と。

「やだ、やだやだ」
「泣…くなよ、千鶴」
「嫌だよ、いかないで平助くんっ」

まるで幼子のように俺にすがり付く千鶴。その涙を拭いたくて手を伸ばそうとするけど、力の入らないそれは全く機能しなく地面に置かれたままだった。ああ、情けない。好いた女の涙も拭えない程、俺は弱く脆いものになってしまったのか。目にかかる前髪は普段の茶毛から色素が抜け白髪になっていた。彼女を映すこの目はきっと赤く光っているだろう。最早俺は人間ではなく、羅刹(ばけもの)なんだ。そんな俺のために彼女は、出会った頃と何ら変わりない綺麗な涙を流した。

「へへ…、いきたく、ねえ、な」
「いや、だよ」
「お、れも…いや…だ」
「お願い、だから、私、を、ひとりに、しな、いで…っ」
「…っごめん、な、千鶴」

気づけば俺の視界はぼやけていた。泣いているんだと自覚した。俺に抱き着く千鶴はあったかくて柔らかくて儚くて、涙が止まらない。俺も抱き締めたい、のに、相変わらずこの腕は動かないなんて。

「おれ…千鶴のこ、と死ぬ程…っ好きだ」
「…っ!!」
「好き…だ」
「わ、わた、しもっ…!」

次第に薄れていく意識の中で、千鶴の声が止むことなく響いた。私も好きだよ、平助くんが大好きだよ、愛してる、死ぬ程愛してる。繰り返し、繰り返し、止めどない愛の言葉が俺を満たした。涙が止まらなくて、千鶴が愛しくて、離れたくなくて。声になったのかわからない声で、最愛の彼女の名を呼んだ。真っ白に染め上がる世界で。


ひたすらにあいがとまらない
(お前の命のためなら俺の命など惜しくなかった)


2010.12.28


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