※SSL


「千鶴」

なだらかな低音の声で名前を呼ばれると、私の心臓は馬鹿正直に拍動を激しくさせる。なんとか平静を装って振り向けば、そこには予想通りあの人がいた。

「あ、斎藤先輩こんにちは」

手には汗をかいていて、カーディガンの裾を掴んでいないと不安だった。斎藤先輩は相変わらずのポーカーフェイスで、表情から様子を窺うのはなかなか難しい。

「ああ。…今日は、委員会ないのか?」
「はい。斎藤先輩は?」
「俺も、ない」

だから、と続くその言葉の先を、私はひどく期待した。だから、なんですか?と聞き返す勇気はない。

「その、一緒に帰らないか」

そして期待した言葉が出た途端、嬉しさのあまり私は飛び付くように「はい!」と盛大な返事をしてしまった。そんな私の返事に目を見開いた先輩を見て、急激に自分の言動に羞恥心を覚える。俯いてしまった私の頭をぽん、とやさしく撫でたその手を感じたときは、涙が出そうなほどに幸せだと思った。

「ありがとう」

斎藤先輩のその声を聞いて余計に泣きそうになったのは言うまでもない。

「それは、私の台詞です!」

そして学習能力のない私は同じような言動を繰り返しては恥ずかしさに顔を俯かせる。ふっ、と滅多に笑わない彼が笑った気がして思わず顔をあげると、やさしい笑みを浮かべた彼とぱっちり目があった。

「どうした、顔が真っ赤だぞ」
「あ、の、その」

心配そうに手を差しのばしてくれた先輩の笑顔は本当に、本当にかっこよくて。赤くなるのだってドキドキするのだって当たり前じゃないですかと叫んでしまいたかった。でもそのくらいの学習能力はあるので行動にはうつさない。

「千鶴?」

斎藤先輩のやさしい、でも答えるまでは決して逃がさないというような声に私は早くも根をあげて。

「だ、だって斎藤先輩がっ」

そうして滑ってしまった言葉と緩すぎる自分の口を、しばらく忌まわしく思った。


かっこいいから!
(…千鶴)
(は、はい…)
(覚悟はできているな?)
(えっ、な、なんので……きゃあああ!)


2010.12.21


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