どうしてこんなにもたった一人だけを求めるのだろうといつも不思議に思っていた。ほかの人間には全く感じないこの焦りやもどかしさは、いつも僕を苦しめるのに。僕は一向にそこから逃げようとはしなかった。むしろその苦しさが生きていることを感じさせてくれるようで、知らず知らずのうちに彼女に依存していた。

「スガタくん?どうしたの、私の顔なんかついてる?」
「・・・いや」

まじまじと見つめてしまっていたのか隣に座るワコは不思議そうな顔で尋ねてきた。平静を装いながらできるだけ自然に顔を逸らすと、ワコは「そう?」と言ってまた読書を始めた。

「それ、おもしろいのか?」
「うん、ちょっと言葉が古いけど。スガタくんの家に恋愛小説があるなんて意外だったよ」
「僕もそう思う」
「あはは!スガタくんらしい!」

満面の笑みで楽しそうに笑うその様子は10人いれば10人が「太陽のようだ」といいそうなほどに眩しく、温かかった。その笑顔を一番近くで見てきたのは僕で、これからもそれは僕の場所だと思っていた。思っていた、なのに。あいつは現れた。僕らの前に。

「あっ、そういえばこの前タクトくんがね」

そうして度々彼女の口からその名は紡がれる。そのたびに胸が焼けそうな程に熱くなるのは何故なんだろう。こんなにも苛立ちを覚えるのは何故なんだろう。その唇はいつだって、僕の名を紡いでくれていたのに。

「スガタの稽古厳しいー、もっと加減してくれよーって嘆いてたよ」

スガタの鬼ーっ!だって。そう言って笑う、その顔をあいつにも見せているのだろうか。僕が一番近くで見てきたその顔を。そう思うと、どうにも気持ちの抑えがきかなくなる。手に、したいとおもう。

「でねっ、そのあと・・・―」
「ワコ」

自分でもわかるくらいに低くなった声が、ワコの表情を一変させる。琥珀がこれでもかと言うほどに見開かれ僕を見上げていた。ソファーに押し倒したワコは、あまりにも小さかった。

「ス、ガタくん?」
「あいつの名を、呼ぶな」
「え?」

不安げに揺れる琥珀が僕の目とぶつかる。頭の横に置かれていた白い手に指を絡めると、ワコは頬を紅く染めた。

「スガタくんっ」
「僕の名前だけ、呼んでいればいいんだ」
「・・・っ」
「頼む、俺をどうにかさせないで」

そのまま倒れ込むようにワコの胸に頭を乗せた。瞬間ワコの鼓動が大きく跳ねたのをきいて、なんだか安心してしまった。とくんとくん、と早めの鼓動が僕の鼓膜を揺らす。その心地良いテンポに耳をすませていると、ふいに空いた方の手で髪を撫でられた。今度は僕の鼓動が跳ねる番。

「え、えっと、あの、間違ってたらすごくごめんさない・・・・なんだけど」

遠慮がちなワコの声と、一層にはやくなる鼓動。僕の髪を撫でる手つきは、やけに柔らかかった。

「その・・・やきもち・・・とか?」
「・・・・・・」
「っいやあの!そ、そんなまさかだよね!ごめ」
「そうだったら?」

ワコに聞き返される前に、その唇を塞いでいた。僕の唇で。絡める指に力が入ったのはきっと仕方のないことで、身体がこんなにも熱くなるのはきっと自然なことで、ワコを思うと胸が苦しくなるのはきっと、僕がワコを好きだからで。こんなにも単純なことに気付かず悩んでいた自分がおかしかった。押しつける唇に最初は固かったワコの唇も、自然に力を抜いて柔らかく押しつけてきた。ただそれだけなのに、さっきまでの苛立ちや焦りは嘘みたいに消え、ただ好きだという気持ちが募るだけ。僕の髪を撫でていた手はそのまま襟元まで下りてきて、僕の服をぎゅっと掴んで、その仕草がまた僕の心を余計に揺さぶる。

「・・・ん」
「口、開けて」
「っ、スガ」

僕の名を紡ごうとした隙にその隙間から舌を差し入れる。羞恥からか未知の体験からか逃げ回る彼女の舌を吸い付くように捕まえ、できるだけ優しく舐めた。小さく震えたその身体を抱きしめると、切ない声を上げて彼女は舌を差し出した。

「っ・・・」
「んっ、ふ・・・・」

奪うだけとは違う、互いに求め合うようなキスは身も心もとろけそうなほどに気持ち良くて、それ以上に、互いの想いを渡し合える気がした。夢中になって貪っていた唇をようやく離す頃、ワコは見たこともない表情をしていて身体がまた熱くなる。

「・・・そう、だったら」
「・・・ん?」

僕の下から顔を赤くして言う姿が、これでもかというほどに僕の心を熱くした。

「うれしいな、って、思っちゃった」

そう言ってあの笑顔を向ける彼女はきっと無意識で、でも酷く凶悪的で。僕の中で何かが音をたてて崩れた。

「・・・ワコ」
「え、あ、はい・・・?」
「覚悟、出来てるんだよな?」
「え?な、なんの?」
「いろいろ」

引き攣った笑顔を見せたワコを見て僕の口角が上がってしまったのも、きっと仕方のないこと。



いつも愛に素直であること



2011.03.05


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