僕は知っていた。彼女が毎年違う理由を添えて違う日に誕生日プレゼントをくれていたことを。僕は知っていた。ときどき彼女が悲しそうに僕のポケットを見ていたことを。彼女は知らない、彼女が島から一生出られないと知った日、僕の心が歓びに満ちていたことを。彼女は知らない。僕が、彼女なしではもう生きられないくらい寂しがりになってしまったことを。知らないくせにまるで知っているかのように、彼女は常に僕に寄り添い笑いかけ、手を握ってくれた。その優しさや温かさが僕には毒だった。なのに、手放すことも振り払うこともできなかった。

「春の匂いだ」

夜の海岸沿いを歩く彼女は立ち止まり、大きく息を吸った。天を仰いで手を伸ばして、泣くように笑った。

「ワコ」
「また春が、やってくるね」

後ろで立ち止まっていた僕の方を振り返り、また笑う。一昨年も去年も、今年も、来年も再来年も。僕らは呼吸を止めるまでこの島で季節を迎える。変わることのない春の匂いを嗅ぐ。それは平和で残酷だった。泣くように彼女が笑ったのは悲しいからではなく、悔しいからではなく、諦めたからだ。それが僕の胸をしめつけて、握り潰して、なのに、抗うことができない。僕の力は中途半端だから。最強などと謳っておきながら彼女を守るだけの力すらを持たない中途半端な僕だから。ただ彼女に近づいてその身体を抱き締めて、耳許で囁くしかできない。

「僕は永遠に、ワコのとなりで毎年この匂いを待つよ」
「…スガタ…くん」
「泣けば、いい」
「スガタくん…っ」

例え一時でも彼女が楽になるというのなら、僕はなんだってできる。できるはずなのに、僕は彼女をこの島から逃がしてやれるだけの力を持っているはずなのに。僕にはそれができない。逃がしてやれるほど僕は強くない。彼女なしではもう、僕は生きられない。彼女がいなくなった島に僕がいる意味はない。死ぬほど彼女が大切なはずなのに、生きて彼女を感じていたいと思う。矛盾、している。わかっている。でも僕は、それでも僕は彼女を抱き締めた。君のためになにもできない僕に抱きついて泣く優しさごと彼女を抱き締めた。甘えることしかできない僕を必要とする彼女がどうしようもなく愚かで愛しくて。またその優しさに手を伸ばしてしまうのだ。



その毒以外、僕を救うものはない



2011.03.03


prev next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -