綺麗な月色の目がどこか遠くを見つめていて、その横顔を私は見つめていた。こちらに彼の視線が向けられないのはきっと意地悪。それでも私は視線を逸らせなくて、ずっとずっと彼だけを、スガタくんだけを見つめている。
「そんなに見つめられると落ち着かないよ」
「スガタくんが意地悪なんじゃない。気付いてるくせに」
「はは、ワコには敵わないな」
「もう、いつもそればっかり」
頬を膨らませながら私がそう言うとスガタくんは柔和に目を細めた。敵わないのはこっちだよ。言ったところで彼は笑うだけなんだ。
「あーあ、なんかスガタくんをびっくりさせたいなあ」
「なんだその漠然とした願望」
「スガタくん、私が何しても涼しい顔してるから」
「そう見せてるだけで内心はそうでもないよ」
「またまたー」
「ほんとだよ」
ほら。そう言ってスガタくんは私の手首を掴んだ。そして彼の左胸へと導く。触れたそこはとても熱くて、とくとくと脈打っていた。手首を握っていた彼の手はそのまま私の手の甲へと重ねられる。指先から伝わるその拍動が私の鼓動にシンクロしていくようだ。全神経が指先に集中しようとするのを、上から感じとれる気配が許そうとしない。でも私はとても目を向けられなかった。こんな顔、見られたくない。
「落ち着かないだろ」
「えっ」
弾けたように顔をあげてしまった。そこにはやっぱり柔和に目を細めるスガタくんがいて、もう一度目を逸らしてしまった。頬が、耳が熱い。
「顔、見せられないだろ」
彼の言わんとしていることがじわじわと胸に染み渡る。私を見つめ続ける視線を感じてまたさらに、じわりと範囲を広めた。
「ワコ?」
「わ、わかった〜!わかったってば!」
観念して声をあげるとスガタくんは手を離した。静かに顔をあげると、満足をそうに笑う彼の顔があった。
「うう、スガタくんって演技派だったんだね」
「ワコはすぐ顔に出るな、かわいい」
「っな!も、もう!スガタくん!」
「すぐムキになるところも」
言い返そうとしたらもう私はスガタくんの腕のなか。離さないよって言われているみたいな強さで抱きしめられて、胸がきゅうっと熱くなった。名前を呼ぶと優しく聞き返してくれる、私も答えるみたいにスガタくんの背中に腕をまわした。
「スガタくんだってかっこいいもん」
するとスガタくんの呼吸が一瞬止まった。そしてそのあと大きな溜息が聞こえて私はどうしたのと問いかけた。
「・・・だから」
急に両肩を捕まれたと思ったら次の瞬間には唇が柔らかく塞がれて、何を言うかも考えられないまま再び抱きしめられた。
「敵わないんだよ、ワコには」
「っ!あ、あの」
「もう一回キスしたい」
「ええええ!?」
「うそ」
そう言ったあと優しく笑ったスガタくんの顔が目の前にきた。なんだ、うそか。心の中だけで思ったはずなのに、まるですべて知ってるかのように唇がまた私の唇に触れた。思わず口を手で押さえると、やっぱりスガタくんは笑った。
「意地悪!」
「うん、ありがとう」
「褒めてないんだけど?!」
あーあ、やっぱり敵わないのは私だよ。
matcher
敵わないままのふたり
2011.10.23
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