―こっちだよ、こっち。
知らない、それなのに懐かしい声が僕を誘う。
こっちってどっち?僕は、どこに行けばいい?
―こっちだよ。
待ってよ、僕は、ここに。
「アレンくん?」
目を開けた瞬間僕の視界を覆い尽くしたのは綺麗な綺麗な彼女だった。心配そうに覗き込んでくる漆黒の目は、僕の不安を吸い込んでいく。
「リナ、リ。どうしたの」
「それはこっちのセリフよ。すごく、うなされてた」
大丈夫?辛くない?と眉尻を下げながら問う彼女の姿を見ていると、どうしようもなく、胸が温かくなる。彼女が僕に向けるやさしさは、決して特別なものではない。教団のみんな、仲間全員が平等に与えられるひろいひろいやさしさなのだ。そう思い知る度に僕は、贅沢にも少しばかり寂しく感じる。
「大丈夫、辛くないよ。心配してくれてありがとう」
「・・・そう、よかった」
顔を綻ばせた彼女の、その陶磁器のような白い肌に手を伸ばしたいと。触れて、確かめて、感じたいと思う。酷く、深く。ただ汗ばんだ掌は、微かに震える指先は、固くシーツを握っている。
彼女に触れることは、僕にとって何かを壊すことに似ていた。
「アレンくん?」
その声で名前を呼ばれる度にどうにかなってしまいそうなのに。なのに彼女は何度も僕の名を呼ぶ、触れるように、でも触れずに。
「ねえ、リナリー」
だから僕も、君の名を呼ぶ。
触れるように、でも触れずに。
「なあに?」
「僕」
小首をかしげた彼女に、その瞳に、僕を映す。そうして告げるその言葉を、彼女は少しだけ期待した眼差しで待つ。
「ときどき、ね」
君を壊したいと思うよ。
(その言葉を凶器にかえて、痛くない愛として)
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