昔より大きく骨張った手が私の髪に触れた。短くなった髪を、彼は飽きることなく撫で続けてくれた。灰になった私の髪にまでその優しさは伝わるようで、只でさえ脆い涙腺は彼のせいでさらに弱くなっていく。



「何、してんだよ」
「ん?見てわからない?」

それ専用のハサミを手に持ち、くるんと丸めた毛先を今まさに切ろうとする私を唖然とした様子で神田は見つめた。

「切るのよ、髪」

そうして再び手を動かそうとした私の、ハサミを持つ右手を彼は思い切り掴んだ。鈍い痛みが走り眉を寄せると淀んだ彼が少し力を弱めた。でも、掴む手は離してくれない。

「な、なに」
「なんで切るんだよ」
「なんでって…短いのに慣れちゃうと視界に入るのが気になって」

その言葉に苛立ったのか神田は私からハサミを取り上げた(強引な上に痛いわ)。あ、と声をあげた私を睨み付ける。

「切るな」

酷く低い声に空気がぴりっと震えた。悲しいくらいの低音に胸が騒ぐ。

「伸ばせよ、前みたいに」

幼い頃から知っている、不器用な彼の、これは、優しさだろうか。知らない男のひとみたいに私の髪に触れ、何度も何度も撫でた。涙が出そうだった。

「神田、ねえ、どうしたの」

らしくないじゃない、私のことなんて、髪なんて。

眉間に寄る皺が一層深くなってなお私を睨み付ける。それすら優しさだとわかるほど、今、私は神田の近くにいる。

「長いほうが、お前らしい」

仏頂面でそっぽを向きながら。そこで「似合う」と言わないところが彼"らしい"と思った。思わず笑ってしまった私に小さく舌打ちした彼は、ようやく掴んでいた手を離し、もう一度髪を撫でる。

「変な神田」
「うるせえ」
「私の髪、好きなの?」

試すように聞くとさっきとは違った低音が耳を掠めた。

「好きだよ」

その甘さを孕んだ声に、私の身体は、心は、思考は。瞬時に持っていかれてもう帰って来ないだろうと思った。不器用だった彼も、いつの間にかこんなに。


愛の拐い方を知ってしまった。


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