この体に絡み付く鎖が眩しい未来を僕から遠ざける。名前を捨てたあの日、宿命に従順で在ることを誓った。どんなことが起ころうと、自分を圧し殺すことを誓った。例え自分の全てがたったひとりを渇望しようとも。

「…ッ!」

目の前で伏せられた長い睫毛、肌を撫でる呼吸、唇に触れる唇。自分が置かれている状況が本当に信じられなかった。でも確かすぎる感覚が現実を僕に突き出す。熱く、苦しく、ほどけてしまいそうになる。ぬくもりに対し僕の体はあまりに正直だった。永遠のような時間が流れ、そしてゆっくりと離れたぬくもりは僕を見ない。僕から伺えるのは、白い肌が赤く染まっていることだけだった。

「…忘れて。ごめんなさい」

浮かぶ沈黙を断ち切るように、それだけ告げて彼女は背を向けその場を立ち去ろうとした。その瞬間、薄情にも僕は宿命(さだめ)を捨てられるだなんて思った。覆らない未来を、もしかしたら、なんて考えてしまった。掴んだ細腕がそう信じさせてくれるような気がして、あまりに身勝手に彼女を捕まえてしまった。弾かれたように振り返った彼女の瞳は濡れている。夜が揺れているみたいに。

「ごめ、なさ」

震えた声で、まるで許しを求めていないその謝罪の言葉を言い続ける。解りきっていたことだった。謝るべきは彼女ではないのに、全て背負って離れていこうとするその姿に、僕は手を伸ばさずにはいられなかった。掻き抱いた体は愛しいまでに震えていた。腕のなかでなおも謝罪の言葉を紡ぐその唇を、今度は僕が、罪深い早さで塞ぐんだ。


出会ったことが罪だった、愛したことが罰だった。
君と出会って、僕は人であることの絶望を知ったんだ


2012.03.29


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