※死ネタ
不鮮明な通信が伝える現実は、色鮮やかに俺の世界を塗り変える。聴覚から全身に、突きつけるように音は響いた。
「エクソシスト1名の死亡が確認されました。名前は、リナリー・リーです」
告げられたその名前を、瞬時に受け入れることは出来なかった。彼女によく似た髪色の、長身の男の広い背中が儚く見える。
「わかった。報告ありがとう」
そう淡々と、いつもと変わらない声音で言う背中。握りしめた拳が叫ぶようにギリギリと音を鳴らした。声は、声を忘れていた。脚はそれ単独で意志を持ったように動き始めて、気付く頃には室長室を出ていた。通り慣れたはずの廊下は冷たく、無機質な壁に冷ややかな視線を浴びせられているよう。
『それじゃあ、いってきます!』
そう笑顔で手を振った彼女は、今、誰も知り得ないどこかに行ってしまった。空を駆け抜けるあの軽やかな舞いで、見えない彼方へと行ってしまった。
『もう、相変わらず可愛くないのね』
『喧嘩売ってんのか』
『どうしてそうなるのよ、神田のカナヅチ!』
『意味わかんねえよ』
そういつものように、他愛ない会話を交わして送り出した。いつものように、おかえりがあると信じて疑わなかった。疑わなかった。それなのに、お前は。
『絶対に帰ってきてね。絶対だよ。神田』
俺にそう言っておきながら、お前は帰ってこないのか。
『怪我は?!・・・そう、よかった。神田、よかった・・・』
あの俺を心配して、それから、安心する顔は?
『約束よ。死なないって』
あの泣き顔は?
『神田、おかえりなさい』
あの笑顔は?
『神田』
俺の名を呼ぶ、あの声は?
俺に関わるすべてのお前は、どこにある?
「リナ」
塗り変えられた世界はひたすらに一色で、でも何色なのかわからない。開いている目は、何のためにあるのかと問いかけたくなるほどに機能をもたない。世界は変わらない速度で生きているのに、俺はまるで止まっているみたいで。世界と俺の生死のギャップが、彼女の不在を突き付けるようだった。
「リナリー」
突き付けられたその痛さが解らせるんだ。
呼んだ名前のその美しさ、優しさ、強さを。
「リナ」
その愛しさを、今頃。
どんな傷より深く、抉るように、痛さなんてわからなくなるぐらいに。
『私の世界はね、ここだよ。ここにあるすべて。みんなが私の世界を成立させるの。ひとりでも欠けたら、私の世界は崩れていくの。グラグラ、グラグラ。でもね、そんな不安定な私の世界を力一杯支えてくれる人がいるんだよ。私の大切な、大切な大切な人。』
『神田』
『だから消えないで』
不安定すぎる私をどうか守って。
あの揺らいだ漆黒の目が瞼の裏で熱く、蘇る。
でもお前とはもう、瞼の裏でしか会えない。その現実は、やけに俺を人間にさせたんだ。
be humanoid
2011.12.04
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