君は泣き虫な女の子だった。
小学校4年生の夏、夜空を駆けた星を見ては「願い事、願い事」と必死に考えた君。でも結局ひとつに決められなくて、君は真っ黒な目を潤ませていたね。
「願い事、いっぱいあってひとつに決められなかった…お星様、あきれちゃったよね」
項垂れて話す君が俺は愛しかった。そんなことない、と励ます口がにやけて仕方なかった。
あれから8年、君はもう俺の前で泣かなくなったように思える。
今や君は誰もが見惚れるような美しい女の子で、俺はといえば高校3年の9月だというのに進路も決まっていない半端者だ。進路希望調査書には名前と出席番号が書かれているだけ。埋まらない第1希望から第3希望が恨めしい。
「あー、留年しよっかな」
「馬鹿かテメェは」
そんな本当に馬鹿みたいなことを言ったら隣の席で黙々とペンを走らせていた友人に突っ込まれた。
「なんさー、ユウはもう決まってるんか?」
「お前に関係無い」
「うっわ、相変わらず冷た!」
ちぇ、っとわざとらしく唇を尖らせたけど友人からのリアクションは皆無。盗み見た第1希望はここらじゃ有名な大学で、はあと溜め息が漏れたのは仕方ないことだと思う。
「もうちっと真面目に勉強してればよかったさー」
「今ごろ気付いたのかよ」
やっぱ馬鹿だな。鼻で笑うように言われてむかついたから、「うるせぇ万年夕食蕎麦!」と嫌味を言って教室を出た。
*
「…あ」
自動販売機から出てきたミルクティーを取り出した瞬間聞こえた声に、俺の鼓膜は懐かしさで震えた。
「よ、う、…久しぶりさ」
「う、うん。久しぶり」
少し見ないうちにまた綺麗になった君は、ぎこちない笑顔を俺にむけた。たぶん俺も、似たような顔をしてるだろう。
「リナリーも買いに来たさ?」
「…う、うん。」
「じゃ、どうぞ」
そう言って通りすぎるはずだった。ふたりでいる時間があまりに苦しくて、わからなくて、情けなくも逃げたいなんて思ったから。なのに、俺の服の裾を掴んだ君の手がまるで金縛りにでもあったかのような感覚を俺に与えた。
「……リナリー?」
振り返らずに発した言葉に、君は躊躇い勝ちな声で言う。
「もう、昔みたいに、リナって呼んでくれないの?」
ぎゅっと絞まった心臓の奥。いま君は、俺は、どんな顔をしてる?いつの間に、君に触れられるだけでこんなにもこんなにも胸が苦しくなるようになったんだろう。その答えを俺は知っているはずで、でも知らない振りをしていたいと思う。ずっとずっと、あの頃の綺麗な気持ちのまま君を見ていたい。そう思っていたはずなのに。いつからか、気持ちは嘘ばかりになった。
「もう、呼べないさ」
「ど、して」
「だって、もう」
こんなに俺を切なくさせる。焦がれさせる。熱くさせる。情けなくさせる。こんなに俺を、俺を掻き乱す。もう、昔みたいな愛しいなんて気持ちだけで見つめていられる存在ではないんだ。近づいたらきっと君を汚してしまう壊してしまう。だから駄目だ。俺になんか近づいちゃ駄目だ。駄目だから。
「もう、俺達あの頃みたいにガキじゃないんさ」
君の方に決して振り返らず。やっぱり巧くなった嘘に嘘を重ねて。シャツから手が離れた感覚を確認してから、俺は作り出した声で言った。
「じゃあな」
もう返ってくる声はなかった。そのまま、俺は教室に向かった。逃げるみたいに。
「…そ、だね。も、子供じゃ、ない…ッから」
*
ばっかみてえ。
ばっかみてえばっかみてえばっかみてえばっかみてえばっかみてえ。
3階まで駆け上がったところで急に喉が熱くなった。いや、本当はもうずっと焼けてるみたいだった。鼻の奥まで侵食していくこの感覚がなんなのかわかる。もう長い間感じることのなかった感覚。それを今、俺は感じているのか。なんで、今。
「なんなんさ…これ…」
すうっと冷えた頬に触れたら指が濡れた。視界がぼやけて、苦しくて、心臓が苦しくて。
「なんなんさ…俺、なんでこんなに、馬鹿なんさ」
止まれよ、止まれ。言い聞かせても涙は流れ続ける。想いが溢れ続ける。こんなに、こんなにどうしようもなく。
「リナ、」
上手に嘘で覆い隠して
心臓が泣き喚いたとしても
2011.09.23
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