「ルーシィ、いい?」
「う、うん」

珍しく真面目な顔をしたロキが近づいてくる。私の髪を梳いて、ちょっとだけ微笑んで。ドキドキと高鳴る胸を押さえて瞳を閉じれば、ロキの吐息が私の鼻をくすぐった。息が詰まりそう、でも、すごく―。

「ルーシィーッ!」
「あ」

私の部屋の入り口は決して窓ではない。何度言ったらわかってくれるんだろう。普段は彼らを見るなりそう紡ぐ私の唇だが、今日はとてもじゃないがそんなことを言っている余裕はなかった。

「きゃああああああ!」
「っわ、ル、ルーシィ落ち着いて・・・」
「出てけーっ!いますぐ出てけー!」
「っうお!、にすんだよルーシ・・・ぶっ!」
「ナツのアホ!泥棒!悪趣味!」
「っはあ!?」

手近にあったお気に入りのクッションを思いっきりナツの顔面めがけて投げてやった。見事ヒット、思いついた言葉をとりあえずしゃべると、ナツは眉を吊り上げて抗議してくる。

「てめぇ・・・俺にもの投げるなんざいい度胸」
「ナツ、帰ろう」

そう言いながらナツの肩越しに顔を覗かせたハッピーは、少し申し訳なさそうな顔をしていた。人間(というか野獣?)より気の利く猫なんてなんて甲斐甲斐しくて可哀相なんだろう。あとでお魚あげよう。なんて思ったのもつかの間、その甲斐甲斐しくて可哀相だと思っていた猫は表情を一変させ、にんまりと笑った。手近に投げるものがなかったのが非常に残念だ。

「んじゃあ、あとは、若いお二人でぇ〜」
「ああ?何言ってんだよハッピー俺だってまだ」
「じゅあ〜ぬぇ〜」

むかつくぐらいご丁寧な巻き舌挨拶をしてハッピーはナツを引っ張り出て行った。(だからそこは入り口でもなければ出口でもない)嵐、と言うに相応しい一人と一匹が去ったあとのロキと私と言えば、きまずいことこの上ない。

「・・・あー、なんか、すごかったね」
「もうっ、何度言っても窓から入ってくるんだから」
「何度も?」
「そうよ、今週だってもう・・・」

4回目、と言いかけた。まばたきをして次に目を開いたとき、目の前にはなぜかロキの顔が。一瞬にして先ほどの空気が蘇る。

「ロ、」
「そんなにたくさん、ナツはルーシィの部屋に来るの?」
「く、来るっていうか押しかけられてるっていうか・・・」
「そんなの、嫉妬するなあ」
「・・・!」

困ったような顔をしているくせに、目だけは異様なまでに真摯だった。その目に見つめられていると思うと、やはりどうにかなってしまいそうだった。

「ロ、キ」
「せっかく恋人になれたのに、ルーシィは油断ならないね」
「ゆ、油断って!だってナツだし・・・!」
「それが油断って言うんだよ」
「っ」

口先は意地悪、でも私の頬に触れる指先はとても優しい。そのギャップにドキドキしないわけないのに。きっとロキは確信犯なのに。そうとわかっていても彼に胸を高鳴らせる私はきっとすごく馬鹿で、でも、馬鹿みたいに彼が好きで。

「目、閉じて」

少しだけ低くなった声でそう言われたら、もうそうするしかない。必死に呼吸を抑えて目を閉じれば、嫌でも唇に神経が集中した。触れあうまであと、何センチ?ロキの吐息が近づく、近づく、近づいて―。

―ブーッ

狙ってるだろう。そう思わせるほど完璧なタイミングで家のブザーが鳴った。ロキと顔を見合わせれば、彼はほんの少し困ったような笑顔で「いいよ」と言った。胸が痛かった、ごめんとは言えなかった。

「すぐ、戻るから」
「うん、待ってる」

そう言い残して玄関に向かい扉を開けるとそこにはグレイが立っていた。なんとなく予想していた人物に思わず苦笑いになる。

「よっ!ギルド行くぞ!」
「まず挨拶とか理由を言いなさいよ!」
「よっ!って言っただろ。仕事だ!」
「・・・はあ」

いつになく機嫌が良さそうなグレイはそそくさと私の腕を引いた。

「ちょっ!待ってよ!」
「んだよ、なんか用事あんのか?」
「よ、用事っていうか・・・」
「やあグレイ、僕の主人をどこに連れて行く気?」

重い低音の声が後ろから聞こえた瞬間思わず私は身体をびくつかせた。振り向けばそこにはいっそすがすがしいほどの笑顔を向けるロキがいた。目が笑ってない。怖いと感じるのは、私だけ?

「よおロキ、ちっとこいつ借りるわ」
「どうして?」
「どうしてって、仕事だからだよ」
「ふーん、んじゃ、僕も行こうっと」
「はあ?」

そう言って私の腕を掴むグレイの手を離したロキは私の腰に手を回して歩き出した。

「僕はルーシィの星霊だよ、一緒に仕事に行くのは当たり前じゃないか」
「、まあ、確かにな」

そういいながらグレイは私たちのうしろをついてきた。ちらっと隣のロキを見上げると、私の視線に気付いたのかにっこりと微笑まれた。やっぱり目が笑ってない。

「油断」

そうひとこと言ったロキの顔を、ギルドにつくまで私は見ることが出来なかった。


*


「あ、ルーシィだ!」
「げっ」

ギルドに着くやいなや先ほど過ぎ去った嵐に遭遇した。第一声がこうなったことは我ながら仕方ないと思う。

「あ!ルーシィてめーさっきはよくも・・・!」
「やあナツ、で?仕事ってどんな?」

私を見付けるなりさっそく文句をつけにきたナツを、ロキは軽くあしらう。ナツはふと思い出したように「あー、それな」と今回のクエストについて説明しだした。

「へえ、なかなかの報酬だね」
「だろ!?だからルーシィにぴったりだと思ってな!」
「なっ、なにそれ!まるで私がお金にしか興味ないみたいな言い方!」
「間違ってはねえだろ」
「っ!グレイ〜!」

しれっと言ってのけるグレイにおもわず向かいそうになったところを、私の腰を抱くロキの腕が引き寄せた。わずかにつまずいて体勢を崩した私を、当然のように彼は支える。

「ロキ?」
「悪い仕事じゃないよね?ルーシィ」
「う、うん・・・」

相変わらず嘘っぽい笑顔を私に向けるロキ。半ば言わせられたような返事をした私を、グレイは見逃さなかったみたいだった。

「つーかさ、さっきからくっつきすぎだよなあ、ロキ」

その声がとても挑戦的にきこえて、私ははっとなってグレイを見た。私の腰を抱くロキの腕が、強くなった気がした。

「そうかな?普通じゃない?」
「へえ、星霊界ではなんでもない女とそんな密着すんのか」
「なんでもない女、じゃないんだけど、ルーシィは」
「じゃあ、なんだよ?」

グレイがそう問いかけようとしていた。唇がそう象っていた気がした。でも、確かだったかどうかなんてわからない。だって今私の視界は、ロキでいっぱいなんだから。

「・・・!」

どうにかなってしまいそうになる瞬間すらなかった。強いて言うなら今この瞬間どうにかなってしまいそうだった。ロキの男の人にしては長い睫毛が綺麗に伏せられていて、熱い吐息が私の肌を掠めて、唇が唇を塞いでいて。それがキスだときちんと理解するのはとても容易なはずなのに、私の脳は正常に機能しなかった。

「こういう関係だけど?」

唇が離れたあと、そんな声が聞こえた。しばらく呆けていた私をしっかりと抱き留めて。ギルド内全体が静まりかえっていることに気付いて、はじめて私は我に返った気がする。急激に顔を中心に身体全体が熱くなって。それを隠すように、ロキは私を抱き留めていた。

「・・・な」
「あれ、言ってなかったかな?・・・僕たち、恋人同士なんだ」

そう言えば、言ってなかった。別に言う気がなかったんじゃなくて私が恥ずかしかっただけだ。ロキもそれを理解していてくれたのかだれにも言わなかったようだ。絶句したようなグレイの呼吸がわずかにきこえる。ロキの後ろではハッピーの小さな悲鳴が聞こえた気がした。

「ああ、ちょうどよかったね。そういうことだから、今後容易にルーシィには近づかないでね」

そう言って軽々と私を持ち上げるロキ。反射的に悲鳴をあげるが、腕はしっかりロキの首に回されていた。

「僕のだから」

そんなひとことを残してロキはギルドを出た。今だ静まりかえるギルド、でも私たちが出た途端、まるでさっきまでの静けさが嘘だったかのように騒ぎ出していた。


「ロ、ロキおろして!」
「だーめ」
「み、見られてる!」
「そんなにいないから大丈夫だよ」
「大丈夫の意味がわからない!」

恥ずかしさでどうにかなってしまいそうな私をみてかしぶしぶロキは下ろしてくれた。そのまま手を引かれ連れてこられたのは、人気の少ない川沿いだった。小洒落た石の階段に腰を下ろすよう促されればそうするしかない。必然的に私の隣に座ったロキは途端に私を抱きしめた。

「きゃ、ロキ!」
「・・・まったく、君にはほんと困る」
「な、なんで?」

はあ、と一年分の溜息をついたロキは一度私に向き直った。そして、困ったように笑った。ロキのその顔は、私を切なくさせるのに。

「君は僕のものなんだから、簡単にほかの男に触れさせたりしないで」
「え」
「叶うことなら、ずっと僕の腕の中にいて」
「ええ!?」
「冗談だよ」

半分本気だけど、と悪戯っぽく笑った。ロキはある意味で百面相だった。どれが本当なのかわからないほど、たくさんの笑顔を持っている。わたしはまだ、うまく見分けることが出来ない。

「ロキ」
「ん?」
「・・・目、閉じて」
「え?」

ロキの声を、呑み込んだのは私だった。彼の両頬を包んでこちらにむけて、さっきふれた唇に今度は私から触れた。キスの仕方なんて知らなかったけど、でもどうか想いが伝わって欲しいとおもって唇を押し当てる。指先が震えて、吐息も震えた。

「ル、シィ?」
「わ、私が好きなのはロキよ」
「・・・っ」
「ロキ以外の人に、ドキドキしたり、キ、キスしたりなんてできないよ」

顔を見られたくなくてロキの胸に潜り込めば、すこし間を空けて強く抱きしめられた。その腕が震えている。

「ほんと・・・困る」
「・・・ん?」
「だから君には、困るんだ」

ロキの言葉の意味がいまいちよくわからなくて表情を伺おうと顔を上げれば。そこにはすごく、やさしくて、幼くて、愛しい彼の笑顔が見えて。一瞬驚きつつもつられるように私も笑った。



好きって気持ちを伝えるから


2011.01.31


▼歌海さまへ捧げます。
まずは大変遅くなってしまったことにお詫び申し上げます。すみません!
久遠にしてはかなりの長話になってしまったのですが、受け取ってもらえるとうれしいです!ロキルーなかなか久しぶりだったのですがちゃんと物語になってますかね?;
今回初めて相互記念というものを書かせていただいてとても嬉しかったです!ありがとうございました!これからも全体的に残念な久遠ですが何卒よろしくお願いします!

久遠 拝


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -