12月25日の12時59分はいつだって少しの寂しさが残った。もうすぐ夢のように楽しかった時間が終わってしまうと思うと、ずっとずっと12月25日だったらいいのにと願った。そうやって今までの私は、聖夜が終わるその時間を、悲しんでいた。


*


外では静かに雪が降り、人々は「ホワイトクリスマスだ」とうれしそうに目を細めた。そんな真白い聖夜に、私は最愛の彼とふたりだけのクリスマスパーティーを開いた。他愛ない会話をして、なんの違和感もなく触れあう。見つめ合って抱き合って、キスをする。唇を離して熱い目で彼を見つめる。その先を、少なからず私は期待した。いつもはここで終わってしまう彼だけど、今日なら、クリスマスなら。そんな甘い期待を混ぜた眼差しを向ける。でも彼は相変わらず掴めない笑みを浮かべて、優しい眼差しを私に向けて、おでこにもう一度キスをするだけ。決して私を抱いてはくれない。

「・・・どうして」

何度目だったろう。こうして彼に不安という名の疑問をぶつけて泣きそうになるのは。声は情けないほどに震え、視界は滲み、やさしい彼の笑顔がぼやけていく。そのやさしい笑顔が困ったような顔に変わるのも、いったい何度目なんだろう。

「泣かないで、ルーシィ。せっかくの聖夜なんだから」
「誰のせいだと思ってるのよ」

そんな私の言葉に、ロキは困り顔を徐々に消していった。そして、一瞬だけ泣きそうな顔をした。私は思わず涙を拭ってはっきりしっかり見ようとしたけれど、すでにロキはいつもの掴めないような笑みを浮かべていた。

「君の、せいだよ」
「私?」

かと思えばいつもより静かな声でさっきの私の質問に答え始める。でもその言葉は予想だにしていなかったもので、純粋に聞き返す。

「君は人間だろ?」

その一言で、彼が言わんとしていることを解ってしまった。

「・・・だから、なに」

子どもっぽいと思う、短気だと思う。別人みたいに低い声が出た。今すぐにでも怒鳴ってやりたかった。でもそれが出来なかったのは、彼の言葉がまだ終わっていないからだった。

「人間と星霊じゃ、世界が違う」
「それがなんだっていうのよ、世界が違うから、なにがいけないの?」
「いけないんじゃない、ただ僕は」

ロキは目を伏せた。普段は隠されている目も、キスをする時だけは必ずサングラスを外してくれる。透き通るその色が、何かに怯えるみたいに揺れた。

「僕はこわい」

彼らしくない、まず何よりそう思った。彼が何かを恐れるなんて、そんな顔をするなんて。目の前にいる彼はまるでいつもの彼じゃない。小さな子どもみたいに見えた。

「なにが、こわいの?」

自然と声音がやさしくなる。彼の怯えをすこしでも軽くできるように、そう瞬時に考えてしまう私はどうしようもなく彼のことを好きなんだと思う。

「君は人間で、僕は星霊で。どんなに頑張っても、君が僕より永く生きることはない」
「・・・ロキ、」
「いつか別れがくると思うと、たまらなく・・・こわい」
「・・・」
「だから、失うのがこわいから、これ以上君のぬくもりを知ってしまったら僕はもう」

たまらなくこわかった。彼の愛が、たまらなくこわかった。今すぐにでも私をどうにかしてしまいそうで、やさしすぎてあたたかすぎて。震えた彼の声は私の鼓膜で響き渡るように何度も何度も揺れて、酔いそうな刺激を与える。無意識のうちに私は彼を抱きしめていた。

「ごめん、ね」
「ルーシィ?」
「ロキより、永く生きられなくてごめんね」

わがままでごめんね、こどもでごめんね、なにも考えてあげられなくて、ごめんね。言いたいことは次々に浮かんでくるのに、たったひとつだって声にはならなかった。ただ、止めどなく涙が頬を濡らした。

「私、何も考えてなかったね」
「ルーシィ」
「ロキのこと、何も考えてなかった」

もし私がロキの立場だったら、きっとロキを好きにならなかったと思う。どうしても敵わなくて彼をすきになってしまったのだとしても、彼を知ろうとは、彼に触れようとはしなかったと思う。いつか失われるだろうその存在を深く知れば、別れは最上に苦しくて悲しくて切ないものになってしまうだろうから。でも彼はそんな恐怖を覚悟してまで今までの私を知り、触れて、そばにいてくれた。それはただ「愛」とか「恋」と呼ぶには、あまりに大きすぎるものだと思う。

「でもごめん、それでも私、ロキに触れて欲しい」
「・・・ルーシィ、」
「たとえ未来のロキをすごく傷つけるのだとしても、それでも私は、ロキとの“今”が欲しい」

ごめん、でも本心なの。愛する人を傷つけてまでその愛を欲する、どうしようもなく自分勝手な私の本心なの。未来の私は最愛の人に見取られながら逝く幸せを向かえるだろう。一方彼は、そんな私を見取ってひとりになって、悲しんでくれるだろう。どちらが幸せなのかなんて一目瞭然だ。それでも私は。

「“今”だけじゃ、ロキは幸せになれない?」

願うように問うた。彼はもう、泣いていた。涙はなかった、でも泣いていた。ぎこちなく私の身体にその両腕を巻き付けて、そして次第にその力を強めた。ついには、息をするのも苦しいくらいに抱きしめられた。その強さがひたすらに愛しかった。

「ルー、シィ」
「なあに?」
「僕は君が」

私の耳元で、今までのどんな彼の声よりも切なくて熱いそれで、静かに囁いてくれた。

「君が欲しい」

その声が言葉が私の鼓膜を揺らした途端、連動するように涙が更に溢れだす。うん、と小さくうなずくことしかできなかった。そんな私に、彼は一度キスをして、再び抱きしめた。彼の肩越しに時計を見ればもう12時59分。ああ、聖夜が終わる。いつもは少し寂しくて悲しかったこの時間。それなのに、今私は、どうしようもなく幸せだった。泣くほどに幸せだった。現在進行形で幸せだった。答えるように私も強く彼を抱きしめれば、次第に身体が重力に従いソファーに倒れていった。心地良い彼の重さ、ぬくもり、私を見下ろす熱い眼差し。私はそのひとつひとつを確かに噛み締めながら、幸せな熱さに目を閉じた。



It is time when very very happy.
(この時間以外ほかには何もいらないって)
(本気でそう思った)


2010.12.25




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