逆さから愛にふれて(カグラとミコノ)
捨て犬みたいな人。いつも寂しそうな人。怖いけど、可哀想な人。私の目に映るあの人はいつもそう見えた。
「行け」
背中を向けてあなたは言う。私の向かう先には優しい彼が待っている。不安そうに私たちを見つめている彼が。
「行けよ」
変わらない声はそれ以外の言葉を知らないみたいに、ただ一言私に告げる。私は一歩、また一歩とその背中から離れていく。踵を返したあとも、声は止まない。
「どこにでも、行け」
掠れた声であなたは言う。知らない声で、知らないはやさで。瞬間、心臓に牙をたてられたみたいに、その痛みが思考まで貫いて、私に真実を落とした。だからわかってしまった。わかりたくなどなかったことを。あなたが溢す、私にだけの嘘。
「…っ!」
胸が苦しくなって、息がわからなくなりそうで、足は止まる。目の前には優しい彼が見えている。だけどわかるほどに、反芻する記憶は鮮やかに染まりすぎた。あなたの声が、そう、痛いほどに、わかってしまう。
―行くな。行くなよ。どこにも、行くな。