与えられたかった。(神田とリナリー)
いっそこのまま凍え死んでしまいたい。打ち付ける雨に逆らう力もなくてその場に座り込んだ。冷たさすらわからなくなるくらいに、何も考えられなくなるくらいになりたかった。
「どうしたんですか?」
ふいに雨が止んだ、と思ったら俺の真上だけだった。項垂れたまま目線だけを少しあげると細い脚が見えた。聞こえた声は女のものだった。
「風邪、引いちゃいますよ」
声音からわかるほど、見知らぬその女は俺を心配していた。おめでたいやつだ、知らないやつの心配をするなんて。そう思ったはずなのに、力なく投げ出されていた腕は女に向かって伸びていた。女は、何も言わずに俺の手に触れた。恐いくらいに温かくて柔らかい手だった。
「冷たい、ですよ」
そう言って少し強くなった手からまたじわりと体温がうつる。他人の体温に触れたのはいつ以来だろう。いつも、自分で自分を温めるしかなかった。伸ばした手に触れるのものなどなかった。
「……あんたはあったけぇな」
ただ本当にそう思って言っただけの言葉だった。でも降る声は優しかった。
「あなたも、本当はあったかいんですよ」
微笑んだような声に、知らなかった言葉に、思わず俺も握る手が強くなった。女はしゃがみこんで空いた方の手で俺の前髪をかき分けた。間近で見る女は、緑がかった深い目で俺を見つめた。
「とりあえず、立ちませんか?本当に風邪引いちゃう」
優しく細められた目に胸が少しざわついた。こんな風に接されたことがなかったから。ヤケに素直に立ち上がってしまった身体が不思議だったが、また女が笑うからどうでもよくなってしまう。
「お風呂と着替えくらいなら貸しますよ。あ、あとコーヒーも」
手を引かれるがままについていく。なぜ自分が他人に対しこんなにも素直なのかわからなかった。
「あんた、いいのかよ。こんな得たいの知れない男なんか家にあげて」
「いいとか悪いとかじゃないです。そうしないと、あなた風邪引いちゃいそうだから」
「風邪くらいなんともねぇよ」
「風邪はなんともなくても、まるで生きることを諦めてしまってるみたいだった」
ふいに柔らかさが消えた声で女が言った言葉に、柄にもなく驚いてしまった。繋がった手から伝わる温もりは変わらずに優しくあたたかい。
「それに、あなたぐらいかっこいい人なら私じゃなくても間に合ってるでしょう?」
そう笑った顔はまたさっきまでと同じものだった。なのになぜだろう。胸はざわめきたったまま。少し遠くなってしまったような気がして距離をつめたのに、まるで近づけていないみたいだった。