きみってやつは! | ナノ





「ひっあっ」
動く度に浴槽から飛沫が跳ねて臨也の顔を濡らす。時折目に入るそれを煩わしく思ったが、そんなことを気にしていられるような余裕も既にない。
臨也に背を向けて腰を下ろした静雄の身体が上下する。声を殺すことを諦めたのか、規則的な律動に応じて静雄は短い声を漏らし続けていた。臨也に顔を見られていないことが彼の気を大きくしているのかもしれない。
「いざ、あっも、」
「っちょっとシズちゃん締めすぎ、加減して」
「そん、むり……っ」
臨也の抗議に、静雄は首を横にふる。彼としてはできうる限り大きく振ったつもりなのかもしれないが、力が入らないのかふるふると弱々しい否定になった。そんな仕草をされたら逆効果だ。
余程きついのか、静雄の左手はバスタブの縁を縋るように掴んでいる。なめらかな大理石に添えられた手に、臨也は自分の手を重ねる。
「ほら、そんなとこ握らないの。割れたら弁償させるよ?」
そのまま指を滑り込ませ静雄の手を握る。わざと指の間を擦るようにすれば静雄の肩が震えた。
「あ」
寄る辺をなくしたとでも言わんばかりの情けない呟きが荒い吐息の合間に浮く。無理に力を抜いた左手が彼の上半身のバランスを崩した。
不自然な形に前のめりになる背を見ながら、臨也はゆるく笑みを零す。
(俺の手なんて握り潰しちゃえばいいのに)
触れる度に互いを傷つけることしか考えていなかった頃が懐かしい。あの頃どんなに逃げても彼は追ってきたのに、今ではこんなに近くで触れ合っていても臨也を狙うことはない。今なら彼に殺されてやってもいいとすら思うのに、皮肉な話だ。
頭の中には揶揄ばかり浮かんでくる。けれどその一方で臨也は笑っていた。相打ちを覚悟で傍にいることを選んだのに、気付いたら飼い慣らしていただなんてとんだ笑い話だ。
いい加減熱さと快感で曖昧になる思考を持て余しながら、ぎりぎりまで腰を引く。右手で静雄の右肘を掴み、繋いだ左手と同時に引きながら角度を調整して、突き入れる。探るように数度出し入れしたところで静雄が明らかに高い声をあげた。
「あっや、やめそこ、」
「んっここ?」
一際反応のよかったそこを抉るように何度も突き上げる。浴槽全体が揺れてるんじゃないかというぐらい激しい動きに、静雄の声はもはや叫びに近い。身体の求めるままに従ってただ無我夢中で奥へ奥へ。
静雄が達して数秒後、続くように臨也も達した。

力の抜けた静雄の身体を自分のほうへ引き寄せる。大人しくよりかかってくる背中を受け止めて、自分もバスタブに背中を預けた。
暫くは二人とも胸を上下させながら荒い息を繰り返していた。ようやく息が落ち着いてきたところで、臨也は目の前に投げ出された肌に唇を寄せる。うなじの一際出っ張った骨を齧ると、静雄が我に返ったように後ろを振り返った。
「離せ」
こちらを見るその目は生理的な涙で若干潤んでいるものの、声に先ほどのような甘さはなかった。かといって不機嫌という訳でもない。静雄の微妙な機嫌の上がり下がりは、いつまで経っても臨也には理解ができない。
言われるままに両手の拘束を解くと、静雄はゆっくり腰をあげた。なんの躊躇いもなく体内から臨也のものを抜いて、再度身体をこちらに預けてくる。
「あー……中にお湯入ってきもちわりい」
だから風呂すんのヤなんだよ、とブツブツぼやく静雄。
「シズちゃんから誘ってきたくせに」
「誘ってねえ」
「一緒にお風呂入るって言い出したのそっちだろ。セックス以外の何を期待してるっていうのさ」
ぐ、と返答に詰まる静雄に構わず、投げ出された首筋に顔を埋める。汗だか湯だかわからない水滴に額を押し付けながら返答を待つ。
図星を突かれて返事ができないのだろうとにやける臨也へ、飛んできた言葉は予想外のものだった。
「……こうでもしねえとお前休まないだろ」
「は」
「疲れてるくせにシャワーで済ませてんじゃねえよ。ばーか」
呆気にとられる臨也の気配を感じて、静雄が笑う。
確かにここ数日臨也は忙しかった。元々大して入浴を重視する性格でもないので、自然と湯船に浸かる機会は減る。酷い肩凝りに悩まされていたのも事実だ。
最後の一言が余計だと思いつつも憎まれ口を叩けるような気分ではない。飼い慣らしたつもりが飼い慣らされていただなんて。
悔しさよりも真っ先に溢れた温かいものに沿って彼の顎を掴む。無理な角度でしたキスを、すんなりと静雄は受け入れた。



/お誕生日祝いに献上したお風呂イザシズ