ご自愛レッスン | ナノ







靴を脱いで自宅に上がった瞬間、どっと疲労が静雄の身体を襲った。
もう時計の針は23時を回っている。ここ最近では最長記録だ。静雄の身体は頑丈だが万能ではない。使えば使っただけきちんと疲れは溜まるように出来ている。なんのリスクもなく標識を振り回しているわけではないのだ。きちんと比較して確認したことがあるわけではないが、他人がバットを素振りするのと同じくらいの疲労は感じているのではないかと新羅が言っていた。自身の身体のことについて、幼馴染でもあり主治医でもある彼の言い分はほぼ絶対だ。あいつが言うならそういうものなのだろうと、静雄は納得していた。
のろのろと部屋の奥まで進み、そのままベッドに倒れこむ。
一日外回りに付き合った服は汗ばんでいたが、知ったことか。どうせ明日は休みだ。朝起きてからシャワーを浴び、シーツごと全て洗濯してしまえばいい。
何もせず今日はただ眠ろうと思った。
思ったのに。
ベッドに倒れ込んだ途端に冴えてしまった頭を、静雄は呪った。原因はわかりきっている。
匂うのだ。
静雄がシーツを交換するのは週に一度が限度だ。当然、そこには前回取替えてから今日に至るまでの匂いがしっかりと染み付いていることになる。
元々潔癖でもなければ自分の体臭を気にしたこともない静雄にとって、それはさほど大きな問題ではない。そう、それが自分の匂いならば何も問題はなかったのだ。
(あー……くせぇ……)
倒れこんだ拍子にシーツから漂った香りは間違いなく臨也のものだった。天敵であると同時に恋人の名も冠している男は、気まぐれに静雄の家に訪れては、こちらが次の日仕事だろうがなんだろうがお構いなしに身体を求めてくる。シーツに染み付いてしまった匂いは、昨晩の行為の証だった。
(つーか、あいつのせいで寝れなかったんだよな)
貴重な平日の睡眠時間を奪われたからこその現在の疲労だ。元はといえば全て臨也のせいじゃねえか。気付いてしまったが、怒るほどの元気はない。ただムカムカと彼にだけ覚える苛立ちとも興奮とも言えぬ感覚が胸に広がっていた。
シーツに顔を埋めたまま、深く息を吸い込む。汗と二人の体臭が入り混じった匂いは、確実に静雄を煽っていく。だめだ、と思いつつも繰り返し息を吸い込む。昨夜の行為を思い出した身体が疼いた。
そっと下肢に手を伸ばし、スラックス越しの硬度に静雄はため息をついた。このままでは眠れるわけもない。
ベルトを緩め、スラックスの前をくつろげる。ゆっくりと取り出した自身は、すでにゆるく勃ち上がっていた。やわやわと揉むように刺激を与えれば、その反応は決定的なものになる。
「んっ……ふっ、う」
硬くなったそれを、右手の動きで高めていく。単調に扱くだけの動きでは物足りない。筋を意識しながら擦り上げ、先端をぎゅっと締める。鈴口に爪を立てれば小さく身体が震えた。
「はっ……はあっ……」
動作のペースを速めれば息はあがる。けれどイけない。すっかり硬くなった自身に触れながら、静雄は狼狽した。確実に昂ぶっているにも関わらず、明らかに絶頂は遠い。
くそっ、口の中で小さく毒づいて、静雄は下半身の衣服を全て脱ぎ捨てた。
誰が見てるわけでもないのに恐る恐る左手をのばす。後孔をなぞるように撫でると、無意識のうちに腰が揺れた。自分で気づいて羞恥に顔をうつむかせる。前を触るだけではイけない、その事実がひたすら恥ずかしかった。
隠れるように埋もれたシーツから香る臨也の気配が興奮の背中を押している。シーツに押し付けた顔とは対象的に腰は高く上がっていた。ゆっくりと息を吐きながら中指を埋め込んでいく。ローションも何も用いていない身体は固い。
『ほら、力抜いて……ゆっくり、そう、』
耳の奥で響いた言葉は昨晩の臨也のものだった。幻聴に緩んだ身体が、つぷりと静雄の指を飲み込む。
『大丈夫だから』
そうだ、昨日のあいつはなんだか妙に優しくて、それでずるずると行為を長引かせてしまった。
ようやく第二関節まで埋まった指を中で曲げる。だめだだめだだめだ。こんなんじゃ足りない。すでに入った中指に添えるように人差し指をねじ込んでいく。
「っ」
早急に押し込んだせいで、入り口が裂けるような痛みがした。それでも、静雄の指は止まらない。根本まで収まった二本の指を広げるようにしながら中をかき回す。
「は……っ、あ」
技巧も何もない動作がもたらす快楽は緩慢としていて、中々身体は開いていかない。空いている右手でシャツをまくりあげ胸の尖りをいじる。
「ン、あ……あ……っ」
はくはくと口を開いても、応える人はいない。口が寂しくてシーツを噛みしめた。擦り寄ったそこが一番臨也の匂いが強い。脳の奥ではチラチラと鮮烈な赤が瞬いていた。あの薄い唇で、甘い舌で甘やかされたい。
「ぃざ、いざやぁ……」
もっと、もっと、うわ言のように呟く静雄は気付かなかった。
「呼んだ?」
響いたその声は確かに空気を震わせた。まやかしでは、ない。
「ふぇ……?」
ずらした視線の先、ベッドの脇にしゃがみこんだ臨也は呆然とする静雄に屈託なく笑いかける。いつの間に入ってきたのか、その身はまだいつものコートを羽織ったままだ。
「もーシズちゃんてば、昨日もあんなにしたのにとんだ淫乱さんだね」
俺も仲間に入れてよ、そう言ってベッドに乗り上げてくる。ギシ、と二人分の重みで安物のベッドが嫌な音を立てた。
突然のことについていかない頭、けれど身体は歓喜に打ち震えている。
「いざ、」
「ああだめだめ、抜かないで」
期待に蕩ける静雄の目を見つめ、抜こうとした指を制する。
静雄に身体を跨がせるようにしてベッドに入り込んだ臨也は、不安げに見下ろしてくる瞳に言い含めた。
「今日は自分で最後まで解してみてよ」
「や、やだ」
「教えてあげるから、ね?」
する、と手を撫でられて、堪らない気持ちになる。
促されるまま、指の動きを再開した静雄に臨也は笑みを深めた。
「そう、もっと奥、いつも俺がしてるみたいにして」
(いざやにされるみたいに……)
開いて、混ぜて、すりあげる。探るように動いていた指が、不意に1点を見つけた。
「ひぁっ」
震えた静雄に、臨也が唾を飲む。
「そう、そこ。もっと強く押してみて」
「や、あ」
「仕方ないなあ、キスだけだよ」
不安から伸ばした舌を苦笑交じりに絡めとられる。求めていた感触に一気に静雄の身体は弛緩した。その隙に、言われた通りの場所を重点的に突いていく。
「ん、んんっ……あ」
「かわいい、ね、もっと見せて」
ぴちゃぴちゃと響く水音の合間の熱に浮かされた声。臨也のお願いに応えるため、指は動く。止まらない。
先ほどとは比べ物にならない熱さに従って、教えられるままに一気に駆け上がる。
「あああっ」
ようやく果てた身体は、重力のままに臨也の上へ倒れこんだ。余韻に震える静雄の背を撫でながら、彼は笑う。
「よくできました。ご褒美、ほしい?」
答えは一つしかないのに問を投げかけてくる優越感にまみれたその顔の、ただひとつ余裕のない瞳に言ってやる。
「……ください、の間違いだろ」
「あれ、なに急に。さっきまで可愛かったのに」
「う、るせえ、早くしろ」
はいはい、と息を吐いて臨也が手を伸ばす。憎まれ口を叩いても見つめ合うその目だけは感情に従順だ。今夜もまたどろどろに甘やかされる気配を感じながら、静雄はその身を夜に委ねた。


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親愛なるお友達の誕生日祝いでした。
しずおなにーがテーマだったのになぜか折原の囁きCDみたいになってしまった