渡り鳥の群れ | ナノ





「あ」
その光景に目が止まったのは偶然だった。所在なく空ばかり見上げていたことが理由と言えば理由なのだが、なぜ所在がなかったかということを言及されたくないがため、静雄の脳はそれを偶然として収めた。
まだ春も皮切りの冷えた空に、鳥の群れが飛んでいた。
「渡り鳥だね」
静雄の声に顔をあげた臨也が同じ光景を目に留める。背後から聞こえる低く澄んだ声に、静雄は声をあげた自分を責める。屋上には臨也と自分以外に人はいない。できうる限りこの憎たらしい男の存在を脳内から排除しようとしていた静雄にとって、その声は枷でしかなかった。
うんざりと視線を寄越した静雄に、何を勘違いしたのか臨也は更に言葉を続ける。
「ほら、V字に飛んでるだろ。あれは翼の端から出る気流に後ろの鳥が乗っかることで負担を減らしてるんだよ。長距離飛行する渡り鳥ならではの知恵ってやつだね。」
得意げにぺらぺらと聞いてもいない知識を垂れ流す男に、静雄は再度辟易する。いつの間にか隣に並んだ臨也は楽しげに空を見、口を開く。随分と浮かれていると思った。何に浮かれているのかは考えたくもない。
「この距離じゃちょっと視えないけど、今の季節に渡ってくるんだからツバメかな。暖かいうちだけ日本にいようだなんて、虫のいい話だよねぇ」
「そっくりじゃねぇか」
思わず口から漏れた呟きに、臨也は目を丸くする。まさか静雄から返事があるとは思っていなかったのだろう。前々から思っていたが失礼な男だ。臨也は饒舌だが相手に会話を求めない。ただ心の中を垂れ流すことさえ出来ればそれで満足なのだ。相手など欲していない。それでも、言葉を返されること自体はやぶさかでないらしく、静雄の不意の返答を嬉しそうに受け止め投げ返す。くくく、っと低い笑い声が響いた。
「なあにそれ、俺が『いいとこどり』だって言いたいの?まあ否定はしないかな…ああでも、」
空に向けられていたはずの視線が絡み、落ちる。赤みがかったその眼光に含まれるどこかうっとりとした色合いから目が離せない。ここでようやく静雄は自身の失言を認めた。そうだ、この視線を恐れて空を眺めていたんだ。何もかもが失敗だ。
「渡り損なっちゃったね」
乱されよれた襟を引かれ、首筋に歯を立てられる。釦すら止めていなかったシャツでは、男の衝動を止められない。脱ぎ散らかしたままだったブレザーの上に組み敷かれても、静雄は抵抗をしない。そしてその理由を考える気もない。先刻までの行為をなぞりながら、「渡り損なったツバメが越冬できずに死ぬ話、あれなんて言ったっけ?」と不意に呟いた臨也に、やっぱり失礼な男だと息をつく。こんなときぐらい静かにしてろよ。ああくそ、俺もずいぶん浮かれている。