狩屋と霧野


「iPod?」
ロッカーからユニフォームを取り出す時、ふと目に入った。ロッカーの中から転がって床に落ちたと思われる赤色のiPod。俺の悪戯心が芽生えないわけもなく、誰のだろうと考える前にとても自然に俺は中の曲を聞いていた。
どんな曲が入っているのかと思えば、よくわからない邦楽ばかり。なんていうんだろう、たとえていうなら『お洒落なカフェやお店で流れてそうな曲』。俺の語彙で表すのにはこれが限界。なんかあまり面白くなくて、色々聞いていたら曲調がどれも似ていることに気がついた。やっぱり持ち主の好みが出るんだろうな、こういう曲調の音楽は俺も好きかも。そう思いながらひたすらシャッフルしていたら、思っていたよりも長居してしまったことに気がつき俺はとりあえず元の場所に戻して外に出た。

結局あのiPodの持ち主は誰だったのだろう。邦楽ってとこがキャプテンっぽいけど、キャプテンならクラシックかな。倉間先輩っぽいかも、意外に速水先輩かな。剣城くんは…あぁ、ありえるかも。
そんなことを悶々と考えていたら、横から天馬くんにパスされたボールが顔面にぶつかった。そのままバランスを崩し勢いよく尻餅をつく。ごめんマサキ大丈夫!?と天馬くんが焦り顔で近づいてきたから、大丈夫だよちょっと顔洗ってくる、と軽くあしらってコートから出た。途中鬼道監督に集中しろと注意されたけど、まぁ素直にすみませんと言えば後は何も言われない。俺はとりあえずベンチ横の水道に向かい、顔を洗うことにした。

冷たい水が顔を引き締める。ふぅ、と短いため息を吐いてユニフォームで顔を拭こうとした時、目の前にタオルを差し出された。誰だろうと思いながら受け取れば、横から「さっきの歌」と話かけられた。
この声は霧野先輩だな多分。そう思いながら顔を拭く。霧野先輩はそのまま話続ける。
「狩屋も好きなのか?」
「はァ?」
間抜けな声が出てしまった。顔を上げれば、やっぱり横に居たのは霧野先輩で。拭き終わったタオルを渡せば、さっき歌ってたじゃないかとまた言われた。
「俺なんか歌ってましたっけ?」
「鼻歌歌ってたじゃないか。」
はてさて、なんのことやら。まったく覚えが無いのですが。頭に疑問符を浮かべながら、はぁ、と適当な返事を返す。しかし霧野先輩は嫌な顔一つせず、逆にわくわくしているようで目をキラキラさせていた。
お前鼻歌歌ってたら顔面にボールぶつけたじゃないか、って鼻を膨らませて言うもんだからちょっとおかしかった。
あ〜、そういえばそうかもしれない。無意識のうちに歌ってた…ような気もするような。とりあえずそういう事にしとこう。でも俺さっき何を歌ってたんだ?
「無意識に歌ってたかもしれませんね。それがどうかしましたか?」
いたって冷静に聞き返せば、先輩は一気にぱぁっと瞳を輝かせた。
「俺、その歌手すごい好きなんだ!」

「…へぇ。」
あまりにも嬉しそうに身を乗り出して話し出したから俺は呆気にとられた。と、同時に俺が歌っていた(と思われる)曲は、さっき落ちていたiPodで聞いた曲なことを思い出した。ちょっと俺好みの曲調が耳についてたんだ。あ、あぁあのiPodは霧野先輩のだったんだー…。

さてさてそんな中、霧野先輩はぺらぺらと熱く語る。マイナーだからあまり知ってる奴が居なかったんだ。それって外国の曲だろ?だからみんな聞いてなくってさ。お前が初めてだよ。その歌手知ってるの。なあなあ狩屋も好きなのか?なあ、なあなあ。
こんなに楽しそうに話す霧野先輩は初めて見る。俺は勢いに負けて、はぁとか、少しだけとか、最近この歌手を知ったんですけどなかなか良いですよね、とかありもしない事ばかりぺらぺらと返事を返していた。

結果霧野先輩は俺の事を「すげぇ邦楽が好きな奴」と認識してしまって、あげくの果て今ロッカーCDが一枚あるから貸してやるなんて言い始めた。
「そんな、先輩のなのに。」
「お前にもっとハマってほしいんだ。同じ趣味を語れる人がほしかったからな。」
「…ありがとうございます。」
そう俺が言えば、後で渡すなと笑顔で頷いた。試合に勝って笑う笑顔やキャプテンと話して笑う顔とはどこか違う、初めて見る笑顔。
うわぁ、霧野先輩ってこんな感じの先輩だったんだ。なんていうか、意外。
そう思いながら一通り話も終わったので、グラウンドに戻ろうとした時。霧野先輩が最後の最後に爆弾を投下していった。

「この土曜日、俺んち来いよ。いっぱいあるから貸してやる。」
「はぁ!?」
そんな、そんな、意味わかんねぇよ!なんで俺が休みの日まで先輩に会いに行かないと?っていうか友達の家にも遊びに行ったことねーのに、初めてが霧野先輩とかまじねぇから!!
と、俺の頭の中ではいちゃもんつけまくってたんだけど、なぜか自然に「まぁ、気が向いたらな。」と肯定とも受け取れるような台詞を残してその場から離れていた。

無駄に熱くなった顔に手をあてながら、あれは本心だったのか…と考えた、けど。いやいや、それより俺は邦楽について学ばないと。今日は夜更かしでもすっかな。少しは俺も知識がないと…あと、あとは…。


二回目の顔面シュートキャッチまで、あと三秒。


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