狩屋と霧野


※マサキはお日さま園通い設定


「マサキ。」
朝、園を出る前に瞳子姉さんに呼び止められた。なに?と聞き返せば、ふわりと首に何かをかけられた。
「…マフラー?」
「今日は寒いから。それ着けて行きなさい。そのマフラー、マサキにあげるから。」
姉さんはいつものツンと顔でそう言った。そっと手のひらでマフラーに触れてみる。巻いただけでポカポカと温かくなる首元と同じくらい、なんだか気持ちも温かくなってきた。いつもの作り笑顔をする余裕も無いまま小さな声でありがとうを言い、俺は扉を開けた。

青いマフラーは俺の髪の色よりすこし濃いめの藍色で、ただの布を首に巻くという単純な作業でこんなに寒さが防げるんだからすごいと思った。ちょっと久しぶりに大人を見直した。そんな気分。
「あれ?マサキじゃね?」
後ろからかけられた声は、明らかに茶化すような声で。なんだろうと思い振り向けば、同じクラスの…誰だっけ。
「おはよう。」
スッと素直な少年の顔に切り換える。名前は忘れたけど同じクラスの男子友達二人が、ニヤニヤ嫌な笑みを浮かべて俺の横についた。
「なぁ、お前そのマフラー。」
「姉さんがくれたんだ。」
そう何気なく言うと、二人は獲物を見つけたような瞳で、嬉しそうに楽しそうに笑った。
「それ多分近くのスーパーで安売りしてたぜ?」
「へ?」
「よくそんなもん学校に着けて行けるな。」
「恥ずかしくねーの?」
「俺、親から貰ったもんは着れねーわ。」
「ねーよなー。」
けらけらけらけら。
言うだけ言って、俺の前から去っていった。ぽつん、と立ち止まる。別に、恥ずかしいんじゃない。おひさま園にはたくさんの子供が居るし、金銭的にそんな富んでいるわけじゃないから、マフラーが安かろうが納得できる。じゃあなんだこの敗北感は。いや負けたというか、なんか、なんだか…。

もやもやする気持ちを切り替えたくて、首に巻いていたマフラーを鞄に突っ込んだ。急に風に晒された首元はぶるりと鳥肌がはしる。よく分からない気持ちにイライラしてきたけれど、ちょうど同じ時、天馬くんに「狩屋おはよう」と爽やかな笑顔で挨拶を向けられたから、そんな気持ちを吐き出すこともできなかった。


「狩屋、部活一緒に行こう!」
天馬くんと信助くんがそう誘った。けれどなんだか行く気になれなくて、今日は行けないんだごめんねと、得意の笑顔を作って断った。そっか、と二人はしゅんとしぼむように目を合わせてまた明日ね、と手を降って教室から出ていった。


何をしているんだろう、俺は。体育館裏で。理由付けをするとしたら、家に帰るまでにこの胸につっかえた気持ちを吐き出したかった、とでも言おうか。
一度緩めた涙腺は止めようと思っても止まらなくて、ぽろりぽろりと頬を濡らす。なんで俺は泣いているんだろう。まだその答えが分からなくて、いや本当はとうの前に分かってるんだ。けどそれを認めたら、俺が、
「サボりみっけ。」
頭上で聞きなれた声がした。今顔をあげたら、顔が。
「なんですか。…霧野先輩。」
顔をうつ伏せたまま、俺は訪ねる。声が出にくくて、もごもごした。バレたかな、泣いてたの。
霧野先輩が今どんな表情で俺を見ているかは分からないけど、気まずい空気は分かる。ぐすっと鼻をすすれば、余計に鼻通りが悪くなって息がしにくい。
「あ。これ。」
妙な空気をぶち壊したのはもちろん霧野先輩で、俺の隣にあった鞄をごそごそと漁り始めた。何をするんだと俺は反射的に、鞄を自分の方に引き寄せようとして顔を上げた。
と、同時に顔面になにかを投げつけられた。いきなりの出来事で俺は理解できず、固まったまま。そんな中、先輩は一言「それ、俺と同じ。」とだけ言い、笑った。

見上げると先輩の首もとには、俺と同じ色のマフラーが巻かれていた。
「先輩は、かっこいいからなんでも似合うんです。」
力無い声で小さく俺は呟いた。似合う似合わないの話じゃないんだけれど、何も言い返す言葉が見当たらなくてとりあえずそう言った。もちろん、先輩の目を見ることなど出来ない。
すると一息置いてから、先輩はさらりと「いやお前もカッコいいよ」と言うもんだから、思わず俺は真っ赤になった顔を両膝を抱え込み隠した。
そんな俺を面白そうに笑いながら、手際よく朝の姉さんのようにマフラーを俺の首に巻いた。じんわりと温かくなる首元に少し安心する。
「似合ってるから大丈夫だ。」
そう言いながらくしゃりと頭を撫でられた。俺の母親かよ、と思いながら母親なんていないのにと皮肉に考えてしまう自分がいて、でもそれ以上に頭を撫でてくれた手の温もりがあまりにも優しくて、ムズムズする…あー照れ臭い。

じゃあな、と霧野先輩はもう一度ぽすんと頭を撫でてからその場から立ち去った。抱える膝の中、俺の顔は熱くなるばかりで一向に冷める気配がない。そっと手の甲で頬を触れてみれば、冬場の空気に似つかないほど火照っていた。

人工的な暖かさよりも

明日からもマフラー巻いて学校行こう。笑われても堂々としてればいいんだ。ついでに、先輩と、お揃い、だし。姉さんにお礼をもう一回言っとこう、そう思いながらマフラーに顔を埋めた。


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