きっといつか。その言葉を信じて待ち続けているうちに季節はめぐり、いつの間にかまた、同じ春が廻ってきてしまった。




 桜の木の下には死体が埋まっているという。青く光る夜桜の下で思い出したのはそんな縁起でもないことだった。
 吹きつける春風にはらはらと舞い散る花が、朧月の柔和な光に照らされるその様子がまるで季節外れに降る細雪のようで、心と共に魂まで奪われてしまいそうな、その恐ろしい程の美しさに魅せられすぎてしまったのかもしれない。寒さのせいでするそれとは違う、震えが心から起きた。ゆらゆらと笑うように風に揺蕩う枝は意思を持って自分を誘っているかのようだった。



「できることなら桜の季節に死にたいものです」

 ふと、呼び起こされた記憶。その中にいる、遠い昔に詠まれた歌にある通りを望んだ彼女は、今ここにはいなかった。

「私が死んだら、誰か桜を植えてほしいな」

 目の前で散る桜吹雪に呼応するかのように引き戻されたあの時の記憶は、どこも色褪せることなく、目を閉じて、大きく息を吸うとより鮮明に思い出された。どうして今まであんなに美しい人のことを忘れてしまっていたのだろう。

 あの日、ちょうど今夜のように桜の散っていたあの夜、ここで出会った彼女のことを。それはもう随分昔にあった事のようにも思えるし、つい最近あったばかりの事のようにも思えた。また彼女は今、自分の目の前にいるようにも思えて、そうでないようにも思えるのだ。あの春の宵に重ねた逢瀬の記憶。ぼんやりと霞がかっていたそれは、少しずつ溶けていくように思い出された。



「私の上に植えられた桜は、綺麗な花が咲くかなあ」

 彼女がぽつりと呟いたその言葉には苦い味がしたのを覚えている。きっと彼女の上に咲く桜は恐ろしいまでに綺麗なのだろう。彼女の美しさを養分に咲けばきっと、桜はこの世のものとは思えない程のものになるに違いない。

 見てみたいと思った。霞む空に投げ出される花びらの一枚一枚、彼女のこころをばらばらに砕いて行き渡らせたそれが散り、降り積もってまた土に還るまでを見届けたいと思った。けれど同時にそう思った自分を嫌悪した。まるで彼女が死ぬことを望んでいるかのようだったから。二つの感情が身体の内で化学反応を起こしたように、胸の辺りががむかむかした。



「きっとあなたには綺麗な桜が咲くね」

 彼女にとっては褒めているのだろうその表現に、複雑な気持ちになって首を傾げる仕草をしてみせると、確か彼女は笑っていた気がする。


 ふと目の前の桜が風に吹かれ、今までより一層多くの花びらが空へ放たれた。揺れる桜がそよぐその様子が、まるで。



「……笑ってないで、何か言ってくれ」

 さらさらと微かに枝を揺らす桜はまるで、柔らかに笑う彼女のようだった。きっと来年も見事なまでにここで咲いてみせてくれるのだろう。できれば彼女がこの下にいない事を祈って。またいつかここで桜をともに見る日まで、また一年、彼女を忘れよう。春の夜、桜と眠る彼女がいつか目を覚ました時、自分と見た桜を覚えていてくれる事だけを願う。










12/0426



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