桜前線が順調に北上している真っ最中に、今年も恒例のその日を迎えていた。四月馬鹿の日である。世間でそんなイベントが行われていてもお構いなしに氷帝学園テニス部の活動は当然慣行される。ただし毎年何かしら仕掛けて来る人はいるもので、その中の一人、筆頭と言える跡部さんは、イベント事に命をかけるとまではいかないでも、全力で楽しもうとする節がある。無駄に金と時間をかけてそうな、本当に無駄な事を仕掛けて来るのだ。去年は確か、部室が一夜にしてリゾートホテルの一室のようになっていた、という話を先輩方から聞いた事がある。あの人ならやりかねないなと、そう思ったものだった。
 そして今朝、今年は何が催されるのだろうと、朝から若干憂鬱になりながら練習開始前、準備のために部室を訪れたときである。

「おはようござい……」

「おせーぞ若」

「…………失礼しました」

「ちょ、待て待て待て。退場早すぎんだよ逃げんなって」

「離してください向日さん!ここは俺の知ってるテニス部ではない!」

「早速だが今日一日、ユニフォームはこれだ。樺地、若の分を出してやれ」

 ウス、と言っていつものように跡部さんの命に従う樺地が俺に差し出してきたのは、間違ってもユニフォームと名付けられる形状をしているようなものではなかった。

「跡部さん今何て言いましたか?否何か言いましたか?まさかこれがユニフォームだなんて言ってないですよね」

「あーん?何だ不服なのか」

「不服かどうかとかそういう次元の話じゃありませんよ。何ですかこれ。これ着て何をしろって言うんですか。給仕でもすればいいんですか」

「何言ってやがる。俺達がするのは球技だぜ」

「狙いすぎやな。五点貰えたらええ方やで」

「点数厳しいな」

 目の前の光景が信じられなかった。 狼狽えている自分の方がおかしいのだろうか。 平然と会話をする忍足さんと向日さん、その他周りのレギュラー。俺の右斜め前、少し遠巻きにこちらを見ている、苦笑いした鳳と、ソファーに座る跡部さんの隣で微笑む滝さんの立ち居振る舞いが様になりすぎてて正直怖かった。俺の手の中にある、地味に重量のあるそれは、所謂燕尾服と呼ばれる物だった。

「はい!はい!企画立案バイ私です!」

「お前だったのか」

「むしろお前じゃなかったらどうしようかと」

 突然後方のドアが勢い良く開いたかと思うと、馬鹿みたいに明るい声が響いてきた。俺が振り返るより先に声の主の姿を確認した宍戸さんと向日さんが、まず突っ込みを入れてくれた。一拍程遅れて、確認するまでもないなと思いながらも振り返った俺の目に入ったのは、奇怪な格好をした名だった。

「は、おま、え、何だそれ」

「女子も着るなるメイド服といふものを、私も着てみむとて着るなり。提供はもちろん跡部先輩!ひゅーひゅー!」

「名かわEー!」

「名ちゃんかわええで!ひゅーひゅー!ごっつひゅーひゅー!」

「ジロちゃん先輩ありがとうございます!忍足先輩、今日のドリンクは黒酢ですから!」

「ちょ、何でなん俺今褒めたやん」

 一々突っ込みを入れるのももう疲れてしまった。芥川先輩が珍しく元気だとか忍足先輩が黒酢だとか宍戸さんは不満じゃないのだろうかとか跡部さんはやはり真性の馬鹿なのかとか名はどうしてメイド服なのかとか、色々が非現実的すぎた。めまぐるしく変わる現在自分が置かれているこの状況を形容するに相応しい言葉は、若干中二的だがこう言えよう。カオス。今さらながら自分の所属しているテニス部はこういう所だったということに気づかされ、理解の許容を超えてしまい、眩暈がしてふらついたところを樺地にそっと支えられた。

「日吉くんしっかりして!私これ日吉くんの燕尾服が見たくて企画したのに日吉くん倒れたら意味ないじゃない!」

「お前は私欲に塗れすぎだ!」

 小走りで俺の元へ駆けてきた名の頭に思わず拳を落としてしまったけれど、俺の方に非は全くないと思う。その様を見ていた跡部さんが呆れたようにため息をついた。呆れたいのはこちらの方だと言うのに。

「いいから早く着替えろ。10分後に練習開始だ。鳳、若を手伝ってやれ」

「え、本気ですか」

「私もお着替え手伝うよ日吉くん」

「馬鹿かテメーは外だよ」

「痛い!跡部先輩首はだめです掴んじゃだめです首は!」

 名の首根っこを掴んで引きずりながら跡部さんが部室を出て行く。それに続いて、燕尾服姿のレギュラーが続々と出て行くのを見ると、跡部さんは本気らしかった。この段階まで嘘であることを祈っていたけれど、というか、嘘でなければエイプリルフールというものは成立しないような気がするのだが、それでいいのだろうか。きっとそこに触れてはいけないのだろう。しかし、これは馬鹿以外の何物でもなかった。跡部さんはエイプリルフールの意味を履き違えているに違いない。もうエイプリルフールでもなんでもなく、ただのコスプレだ。憂鬱だ。そう思ってついたため息に反応した鳳が、大丈夫、この燕尾服、ストレッチ素材だから。とよく分からないフォローを入れてきたので、最早ボケを拾う事を諦めてとりあえず無視をしておいた。
 ただ、本来のエイプリルフール、四月一日は嘘をついてもいい日だというので、折角だから今日が終わる前に嘘を一つついてみようと思う。新品のシャツのパリパリとした感触にほとほと呆れながら、鳳に手伝ってもらい、燕尾服に袖を通し終えた俺は、いつものようにラケットを片手に部室を出る。服装と場所、それに所持しているものがそれぞれ素晴らしいほどミスマッチで、それなのに普通にラリーをしている先輩達を見ていると可笑しくてたまらなかった。メイド服に身を包んだ名は己の可愛さを十二分に理解しているようで、仕事はすれどもいつにも増して憎たらしかった。

「これだから、俺はテニス部が大嫌いなんだ」









The Melancholy
of
Mr.April Fool.












12/0404

遅刻遅刻。申し訳ない。嘘がつけないではないか。
最初は日吉の話にしようとしたんですけど、氷帝の皆さん我がお強くてこうなりました。でもMr.エイプリルフールの栄冠は日吉のもの。ただのコスプレ集団である。日吉くんの燕尾服ください…
それではお粗末さまでした!




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