「侑士さん、映画を見にいきましょう。きっと面白いです」

 それはいつもの、二人だけでとる静かな昼食の時間におこった。

 天気がいい日は中庭にある、特等席のベンチで彼女と昼食をとる。それが習慣だった。寒い季節には温室で。付き合う時になぜか約束させられた、余程何かがない限り昼食は二人でとるという、よく分からないことを律儀に続けて早三年目、岳人や宍戸、その他大勢の自分達の関係を知る者には、何度熟年の夫婦のようだと揶揄されたことか。最近はからかいが混じることもあまりなくなり、揶揄というか、形容をされるようになってしまった。
 彼女はそれについて怒りもしないし照れもしない。と言うか何も言わないのだ。ただいつも凛と背筋を伸ばして、美しい姿でそこにいる。おしとやかというべきか、人によっては喋らない彼女を暗い奴だと言う。彼女は決して多くを語らないが、言葉のひとつひとつにとても重みがあって美しい。それは少し特徴的な話し方も手伝っているだろう。耳にすることの少ない、その鈴のような凛とした声に乗って発せられる言葉に、とても惹かれたのが思えば始まりだったか。

 初めて彼女を見たときからどこかしらその美しさに惹かれていたと思う。ひとつひとつ、目に留まる所作がとても美しかった。立ち上がる姿勢や、髪をいじる仕草まで、どれをとっても美しかったのだ。見つめているだけから脱却し、言葉を交わしてこうした関係になるまでさほど時間はかからなかった。
 先に思いを告げたのは彼女だった。その日もいつものように抑揚のない声で、本当に思ってくれているのかと疑いたくなるような程冷静に、ただいつになく饒舌で、どこで呼吸をしているのか分からない程の早口になりながらも語ってくれた。後から分かったことだが、彼女は緊張すると舌がよく回ってしまうらしかった。自分のどこを好いてくれているのかを聞いてみると、大変な早口で、「紳士的なのに恋愛小説が好きというギャップにやられました。とても可愛らしいと思います。あとは敢えて伊達眼鏡をしている理由です。これもある種のギャップ萌えというやつでしょうか。あなたのおかげで新たな私が発見できました」という少々変わった答えが返ってきた。
 こうして、少し変わった美しい彼女とは、晴れてお付き合いをさせていただくことになったのだ。



 そして今日も、いつも通りの時間を過ごしていたのだ。先にベンチで待っていた彼女の横に座り、話をしてはお互い少し黙って、というのを繰り返す。沈黙も全く苦にならない、居心地のいい空間だった。ただ気づくべきは、そこまでで少しだけ彼女の言葉が多かったことか。
 いつものように、彼女よりも少し早めに昼食を終えた自分は片付けをしてしまい、彼女の様子をじっと観察していた。いつものことなのでこちらに目配せもしない。しばらく彼女の食事の様子を観察していると、ふと、彼女の動きの一切が止まった。
 少し俯き気味に視線を落とし、またしばらく時間が経つ。話しかけようか、よそうかと、迷っているうちに彼女の方から動きがあった。
 今まで程よいはずだった間合いを詰め、急にそっと手を取られ、驚いて何だと思い彼女の方を向いてみると、彼女の大きな丸い瞳はただ一点に自分だけを見つめていた。きゅっと結ばれた薄い唇、紅潮した頬、少しだけ寄せられた形の良い眉から総合して読み取れる彼女の顔は、緊張をしているようだった。そこまで観察をしたところで、彼女が口を開いたのだった。

 それにしても、彼女からデートに誘われるなんて前代未聞な事態に遭遇した自分は、この時相当な間抜けた面をしていたと思う。三年も付き合っていて初めての事だった。

「……はあ」

 これだけ冷静に彼女の分析をしている傍らでいまいち状況が飲み込めず、思わず気のない言葉を返してしまう。そんな自分の態度が気に入らなかったのか彼女は、む、と少し声を出して口元を小さく歪めた。握っている手に少しだけ力が入る。

「お気に召しませんか、映画。侑士さんのお好きな恋愛映画ですよ。幸いにも明日は土曜日です。練習試合を行うないと跡部さんにお聞きしました」
「跡部に……えらい行動力あるなあ……ちゃうんやで。ええな、行こうや映画。ただ自分から誘われるんに驚いとっただけやねん」
「そうでしたか。それはよかったです」

 抑揚のない声でそう告げる彼女は返事を確認するとすぐに手を離してしまった。握られていた自分の手には、どちらのものか分からない、熱がまだ残っていた。

 そうしてまた、静かな二人のいつもの昼食の時間が流れる。彼女はそれから一切口を開かなくなってしまった。












「私は恋愛小説には疎くてですね」

 エンドロールの終了後、ぽつぽつと館内に明かりが灯って上映客が次々と退館していくのに続こうと、立ち上がった瞬間、彼女がぽつりと呟いた。自分に続いて立ち上がる彼女に手を差し伸べると、彼女はちいさく笑って手をとった。

「どないしたん。それは知っとるで」
「そうでしたね。私は専ら読むのは純文学で、大衆小説も読みますが、好むのは推理ものですから、侑士さんとお話をするのはとても面白くて、不安です」
「不安?」

 彼女の手をひいて歩くと、どこか覚束ない足どりをしていた。握った手の温度は自分と比べると少し冷たい。不安、という彼女が呟いた言葉に、ふと足が止まる。振り向いて彼女を見てみると、顔は下がっていた。

「私は侑士さんとお話するのはとても楽しいです。侑士さんはとても面白い方ですから。ただ、私は侑士さんの望むような会話ができているのか」

 癖である饒舌さ。ただ今は、それにいつも伴うような早口にはなっていなかった。

「……はあ」

 彼女には悪いが、いきなり何を言い出すのかと拍子抜けしている自分がいた。このときもまた相当に間抜けた面をしていただろう。
 そして彼女もまた、そんな自分の態度が気に入らなかったのか、顔を上げて自分を見る。上げられた顔つきは以前、あの穏やかな昼時に自分をデートに誘った時とさほど変わりはなかったが、今日は違うらしい。目の前のその表情からは、少しの怒りが読み取れた。

「思い出しました。侑士さんは以前私に、あなたのどこが好きかと聞きましたよね。私はあなたに聞いていないことを思い出しました。お話しください。私のどこを好いていてくれているのか」

 先程の意気消沈していた彼女とは打って変わって、いつもの彼女らしい、あの特徴的な話し方に戻っていた。

「ふっ」
「笑いましたね。なにを笑うことがあるんですか。私は至って真面目だと言うのに」
「堪忍な。せやなぁ、それやったらなんか美味いもん食いながらじっくり話したるわ。映画の話も、本の話でも、色んな話しよう。行こか」

 三年、側にいたというのに、いまさら自分のどこを好いてくれているのか知りたいと彼女は言った。自信がないという。どこかずれている彼女が可愛くて、おかしくて、笑わずにいられなかった。握りしめた小さな手は、もう先程のように冷たくはなかった。頬を膨らませむくれている彼女に、さて、どこから話をしてあげようか。





僕の彼女を紹介します。

めっちゃかわええんですよ。








12/0218

忍足さんは初めてでしょうか。かきながら忍足は有川浩さんが好きそうだなーと思いました。別に見に行った映画は阪急電車なわけではないですよ!
かきおわって名前変換がないことに気がつきました。申し訳ない。
あとタイトルですが忍足は僕とか言いませんね。でも俺とするとそれも違うかと思ったので…僕って言う忍足とか気持ち悪いですね。こんなタイトルの韓国映画あったような…まずかったらタイトルかえます…




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