空想小説は好きですか。そう問いかけてくる彼女は何を伝えたかったのか。



「月並みな質問をしますが、日吉くん」

 不意に俯いた拍子に、耳にかけられていた、彼女の絹のような黒髪がはらりと流れる。立ち上がるのも億劫そうに手と膝をついて、側に置いてある鞄目指して移動をしている彼女はまるで幼児のようだった。
 何の断りもなく始まった彼女の行動を流し見ながらも面食らっていると、彼女は鞄の中からペットボトルを取り出して、並々入った水を口に含みだす。余程喉が渇いていたらしく、水はすぐに彼女に浸透していき、早くもそこにあるのは初めの半分の量になってしまった。水が流れる度に上下する、彼女の白い喉元を見ていると、何故か扇情的な気分が自分を襲うことに思わず嫌悪した。
 見てはいけないものを見ているかのような、背徳感に苛まれながらも彼女の言葉の続きを待って、その姿をじっと見つめていた。けれど彼女から言葉は一切なかった。暫くしてやっと俺の視線に気がつき、何を勘違いしたのか、飲みます?とペットボトルを差し出してきてくれたが遠慮しておいた。
 そこで何故か途切れた彼女の言葉に、月並みと言われながらも一体何を聞かれるのだろうかと妙に身構えていた俺は、その意図が掴めない気儘な素振りに思いっきり肩透かしをくらい、化かされているような気になってきた。

「……有島さん?」
「透でいいですよ、日吉くん」
「そうですか、じゃあ透さん。俺に聞きたいことって何ですか」

 聞かれないなら聞かれないで気になってしまうのは仕方ないだろう。今度はコンビニ袋を漁り始めた透さんに俺はそう言うと、勢いよく上げた透さんはぱちくりと目を見開いていて、呆然とした顔をしていた。そして一言、そうでした、とぽつりと呟いて俺に飴玉を一つ握らせる。
 まさかこの人はこの短時間で何をしようとしていたのか忘れていたのだろうか。そして今このタイミングで飴玉をくれた意味が分からない。
 どうしよう。ここに来てこの人が、自分が今まで相手をしたことのない部類の変人なのかと分かり始め急に会話ができる自信がなくなってきた。
 

「どうしてここへ?星を見にきたのではなさそうですが」
「……」

 そしてされた質問は本当に月並みなもので、思わず脱力してしまった。

 改めてここへ来た理由を聞かれると、説明が大変面倒くさい。どこから話せばいいのだろう。
 言葉に詰まる俺をじっと見つめているその目は、どこかの誰かと似たような目をしていた。純真無垢で、好奇心に忠実な子供のような目だ。やはりどうも苦手なその目は見れず、自然と俺の視線は下へ泳ぐ。

「UFOの調査です」

 まどろっこしい説明をしても理解してもらえなさそうなので、そうとだけ告げる。

「俺の通っている氷帝学園で、この辺りにUFOが不時着したという噂がたってて、その事実を確認しようと」

 何か、知りませんか。と聞こうとしたところではたと、先程の透さんの言葉を思い出す。この人、確か自分を宇宙人だと言っていなかったか?
 普段の自分ならば絶対に忘れることなどない衝撃的な発言を忘れてしまっていた、今日の自分はやはりどこかおかしいのだと自虐的に思いながら考え込む。宇宙人、ある意味自分の憧れの存在である宇宙人が、今目の前にいる透さんなのか。
 そんなわけがないと思う傍らで疑るのを止められない。相当混乱しているのに、どうしてか思考の一部はとても冷静でいられる。人は不可解すぎる事態に遭遇して混乱しきってしまうと、逆に冷静になってしまうものなのだろうか。

 今度は俺の言葉を透さんが待っている。とりあえず何か言おう。聞きたいことはたくさんあるはずだから大丈夫だろうと、何が大丈夫なのか分からないまま、口が動くままに言葉を紡いでみた。

「透さんは、宇宙人なんですか」

 口をついて出た言葉は話を続けるための言葉でなく、随分と的外れな言葉だった。
 俺をじっと見つめる黒目がちな、まるで黒真珠のような、その大きな瞳にいつのまにか怖気付かないで向き合えていた。好奇心は俺を盲目にしてくれたらしい。俺が映る奥にあるその不思議な光彩にひきつけられて、目が離せなかった。

 透さんは何も言わなかった。ただじっと黙っていて、身動き一つせずに俺から目線を離さない。肩口で燻る黒髪が風で揺蕩い広がる様はまるで、星のない夜空のようだった。
 惚けたようにその場に佇んでいた透さんがふと俺から目を外す。今まで何の表情も伺えなかった、どこかを見つめるその顔は、何故か泣きそうに眉が下がっていた。
 俄かに見開かれていた黒真珠の目から、何の前触れもなく一粒の涙が流れる。涙を堪える様子も何もなかったのに、涙腺だけが緩んでしまったかのようにとても自然にそれは流れていた。そのあまりに突然で美しい、全ての所作に魅入ってしまった俺は、何も言えなかった。

「信じてくれてありがとう」

 消え入りそうな声で、ぽつりとそう呟いた。

「え、」
「でも、UFOはないんです。私のUFOは壊れてしまいました」
「ちょ、え」

 直後、彼女は堰を切ったように凄い勢いで泣き出してしまった。大粒の涙がその白雪の肌を伝って、夜露のように草の上へ落ちる。自分の存在を顕示するために泣く、子供のように声をあげて泣いていた。泣きながらにも彼女は何か話していたようだが、今の自分にその話を余裕を持って聞いていられるゆとりはなかった。
 とりあえず泣き止んでほしかったけれど、こういった場面の対処は全くと言っていい程経験がなく、ただ今は何もできずにおづおづと彼女を見つめるしかできなかった。

「というわけで、ごめんなさい、日吉くん。見たかったでしょうけどUFOはないんです」
「そ、そうですか」

 一頻り泣いたあと、彼女の涙はぴたりと一切止まってしまった。目元を豪快に拭っているその姿に、何かしようとしていたわけではないし泣き止んでくれたのには安心したけれど、肩透かしをくらった気分だ。
 先程からどうも自分は彼女のその不可解な一挙一動に振り回されてばかりいるような気がする。よく分からない。本当によく分からない人だ。もう苦笑いしかできなかった。

 透さんの擦って赤くなった目元には涙の残りが光っていた。その様をじっと見つめていると目が合って、今度は彼女は大きく笑う。まさに百面相。目まぐるしく変わる彼女の表情に目を奪われて離せなかった。

「信じてくれて、ありがとう」

 もう一度、今度は曇りのない笑顔を添えて、そう言った。その屈託のない笑顔にもうわけが分からず、途端に今までのこと全てがおかしくてたまらなくなって、吹き出した笑いを止めることができなかった。





「日吉くん、お話ししてくれてありがとうございました。もう夜遅いです。またここに来てください。私はいつでもここにいます」

 透さんはそう言って俺だけを岡から追い出そうとする。ぼうっと夜空を見て、縫い付けられているかのように動こうとしなかった。
 どうすべきか決めあぐねてそのまま突っ立っていた俺を見て透さんは、大丈夫だから、と笑った。


 UFOは見つからなかったけれど、不思議な宇宙人を見つけてしまった。その宇宙人は忙しなく表情が変わり、変な喋り方をする、綺麗な少女だった。
 目が離せない宇宙人には振り回されっぱなしで、俺の中では新たな変人カテゴリーが作られてしまった。そういえば透さんから飴を貰っていたことをふと思い出して、来た道を戻りながら口にいれてみると、林檎の香りがした。
 行きの道とはまた違う意味で浮き足立っている自分に気づき、一層今日のことが信じられなくなりそうだった。にやけそうになる顔を必死で引き締め星空を見上げて、また明日来てみようかと考えながら、家路を急いだ。










12/0226


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