“UFOが不時着したらしいよ”



「……はあ?」
「だから、UFOが不時着したんだって」

 俺を見つめている子どものようにきらきらと輝いているその瞳は正しく純真無垢という形容がふさわしいものだった。いつもそうだ。何も悪い事などしていないはずなのに、見つめられると何となく後ろ暗い気がしてしまう。
 汚いものなど見たことがなさそうな、その綺麗すぎる目が俺はどうも苦手で、平生から目を合わせることができなかった。けれど今、普段のこいつからだったら絶対に聞かないようなそれはもう酔狂な単語を耳にして、そんな常など一瞬のうちに忘れてしまった。

「……お前がそんな冗談言うなんて、珍しいな」
「違うって!冗談じゃなくて、噂!本当の話なんだよ」
「噂なのに、どうして本当だって分かるんだよ」
「もう、そんな揚げ足とってばっかじゃ、教えてあげないよ?」
「……」

 そう言われると、返す言葉もなくなるわけで。先程鳳が俄かに出した、その噂というのは自分にとって大変興味をひかれるものだった。

 七月の終わり、 茹だるような暑さが続く日々の中、もう毎日聞かない事はなくなった猛暑という言葉に、そろそろ嫌気がさしてきた頃のことだ。

「興味あるでしょ?」

 何が面白いのか、鳳はにやけた顔で語りかけてくる。俺の表情を伺うように首を傾げて上目で覗き込んでくる鳳を、心底不快に思ったので、その感情を見せ付けるように、隠そうとはせず、ストレートに顔に出してみるが、こいつにはそんな嫌味も効かないことを忘れていた。

「……はあ。なんだ、それ」

 緩みきったその顔に耐えられなくなった。大仰にため息をついてみせたが、鳳からその気持ち悪い笑顔が消えることはなかった。

「宍戸さんと、向日さんから聞いたんだけどね」

 先程まで自分をじっと見ていた双眸はふと、手元を見つめる。 握っていたペンを手離して机に肘をつけ、向かい合う俺との距離を縮めるように、体を少し前のめりにした。猛暑日だという今日は、蝉が随分と五月蝿い。

「ていうか、向日さんが見たって言ってたんだ」

 心なしか、ゆっくりと語り始める鳳の声のトーンが落ちたような気がする。聞かれてはまずいと思っているようで、だからこちらに身を詰めるような仕草をしたのかと納得した。それに合わせて自分の椅子も、少しだけ机の方へと寄せ直す。
 夏季休暇になっている現在は学園の図書館に人なんてほぼいない。けれど静かなぶん、余計に気が鋭くなっていたようだった。窓の外で鳴く、蝉があまりにも五月蝿くて、中に入り込んでいるような気さえした。

「学校の裏門の方出てすぐにさ、雑木林があるの、知ってる?その雑木林のどこかに落ちたらしいんだ」
「……」
「あ、すごい疑ってるでしょ」

 疑っているというか、途端に阿保らしくなってしまった。雑木林のどこか、なんて信憑性もクソもない。しかも情報源が向日さんときた。急激に冷めてしまった俺は、鳳から視線を逸らし、また大仰にため息をついた。

「とりあえず最後まで聞いてよ!向日さんがね、一昨日だったかな。部活が終わった夜に裏門通って帰ってたんだって。で、例の林の横を通ってたら、突然林の奥の方が、こう、ピカーッてひかったんだって!夜だよ?あんな林の中誰かいるわけなし、絶対UFOだって息巻いてたんだ」
「疲れて歩きながら寝て、夢でも見たんじゃないのか、それ」

 大体、見たものがそれだけで、よくUFOだと思えるものだ。未確認飛行物体は、飛行してこその物なのだとそこから改め直してやりたい。
 不服そうな顔をしているだろうかと、その表情が少し気になって鳳に視線を戻してみると、難しい顔をしている奴と目が合った。俺の反応を見ても尚不貞腐れず深刻そうな顔をしているものだから、先程とは少し違った興味が湧いてきた。ちらちらとこちらを伺うように泳ぐ目に、不安の色が見え隠れしている。

「……うん、でもね、謎の発光の噂自体は結構前からあるんだよね」
「発光の、噂?」
「そう。雑木林のほうがピカピカ光ってるんだって。遭遇した人、あんまりいないんだけど、噂になってて。それとね、なんか時々叫び声みたいなのも聞こえるって……」

 テストが終わった、夏の時期からなんだ。そう付け足す鳳の顔はいつしか真剣なものになっていた。

「ふーん……そうか、貴重なネタ、どうもな」
「……え?まさか日吉」
「ちょっと行ってくる。これはまだ報道委員で俺しか掴んでないはずだからな。理想は一面だが、まあ二面は飾れるだろ」
「自分が見たいってのもあるんだろ、どうせ」
「じゃ、そういうことで。先帰っててもいいぜ。ていうか帰れよ」

 机の下に置いていた荷物を肩にかけ、足早にその場を離れる。いつの間にか外で鳴く蝉の声に蜩の声が混ざり始めてきていて、日暮れが近いことに気づいた。
 きついくらいの冷房が効いていた図書館から廊下に出ると、篭った熱気が一斉に体に纏わり付いてきて、すぐさまじわりと汗の感覚が全身を這う。
 発光とかUFOとか、SFめいた単語に浮き足立っていたのだろう。カメラのフィルムの残りだけが気がかりで、新学期発刊の学園新聞を飾る記事を想像し浮かれていた俺は、後ろからずっと追いかけて来たらしい鳳の存在に、靴を履き替えるその時まで全く気づかなかった。










12/0222


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