「ふやっ!」

 突然、仁王くんに奇襲攻撃を仕掛けられた。うにうにと頬を摘まれた。しかも両サイド。
 縦横右左と仁王くんの思うがままに不規則に動かされて、私の頬はそろそろ限界値を越えそうになる。

「んなにむくれた顔しとったら、せっかくの美人が勿体ないのう。少しは笑ってみんしゃい、一緒に遊んじやる」
「どーせ卒業まで暇だしな」

 やっと仁王くんが手を離してくれたと思ったら、今度はジャッカルくんにヘッドロックをかけらた。この人達体育会系すぎる。ていうか、どちらもテーブルを挟んでするような事じゃない。でもこれは、彼らなりの歓迎の意志かなと思うと、少し嬉しかった。

「卒業まで?何言ってんの」

 何かそんなにいいことでもあるのだろうか、怖いくらいににこにこにこにこと、だけど暗黒物質を孕んだオーラを背負っている幸村はそう言った。いろんな奴らにぎゅうぎゅうぐりぐりされていた私を幸村は物凄い力で引き寄せる。急に引っ張られた私は幸村の腕に包まれ、何か抗えない。下から見上げた顔はむかつく程綺麗で、大きな目は仁王くん達を見据えていた。幸村は確かに何も言っていないのに、彼らには物凄い圧力がかかっている。

「……俺のほーちゃんに気やすく触った罪は重いよ?」

 さらりと俺のってついてたんだけど、私の言葉とか意見とか、無視なのかな。

「で、ほーちゃん、これから俺達と、遊んでくれる?」

 最終確認、というようなニュアンスで幸村は私に聞く。無理矢理に聞いている訳ではない。あくまでも私の意思を尊重して聞いてくれている。幸村らしくない、だから私は返事ができない。寧ろ強制された方が諦めがついて楽になるのに。


「分からない。ごめん、幸村。私、どうしたいのか分からない」

 催眠術にかけられているような感覚になる。奥底から何かが込み上げてきて、泣きそうになるのを我慢した。

「嫌かい?」

 優しく、優しく問いかける声。私を懐柔するには容易かった。幸村のこんな声、聞いた事ない。

「嫌、じゃない、と思う。でも」
「それで充分だよ」

 そう言って幸村は、私の肩を抱く力を強めた。

「仮契約成立、だな」

 柳くんがにやりと笑ってそう呟いたら、前方に見える四人も顔を見合わせて笑っていた。柳生くんも、微かだけど真田くんも。

 あ、私は頷いてしまった。

「え、ちょっと待って」
「無理、もうダメ」

 何を、など聞かずとも分かる。幸村はにこぉーっと心底楽しそうに笑って言った。
 もたもたと決めあぐねているうちに、私は魔王に捕まってしまったのだ。でもその割に、さっきまで私の中で滞っていた不安とか恐怖とか、それらを感じなくなったのは何でだろう。

「そうだ。ほーちゃんは外部受験なんてしないよね?」

 また打って変わって、にこにこにこぉーっと黒いものが見え隠れする笑顔を向けてくる。何でだろう、問いかけられているのに脅迫されているような気分だ。

「うん……いやしないですごめんなさい」

 助けを求めて柳くんを見ると目を逸らされた。そうか、お前も嫌なのか。

 返答を聞いた幸村は満足そうに笑みを深めた。その微笑みの意図は分からないけど、とてつもなく寒気を感じた私はとりあえず身体が震えた。

 突如、ぐるりと視界が回って私は幸村と相対する。目に入ったのは、真剣な顔して私を見つめる美人顔。見つめられるとドキドキしてしまうのだが。色んな意味で。
 肩に置かれていた手は移動して、私の両方の手を包む。顔は美人なのに、手はちゃんと男なんだな。


「帆乃夏」
「呼び捨てないで。まだ何かあるんですか」

 憂い顔の幸村は、私の雑念を振り払うように名前を呼んで身を詰めてくる。顔が近いとも言えず、為すが侭。

 幸村はそれからしばらく言葉を発しなかった。斜め下に視線を落とした憂い顔で私の手を取ったまま、息してんのかってくらい微動だにしなくなる。どうしたんだろう、電池でも切れたのかな。

 ギャラリーは誰一人として喋らなかった。ただじっと、私と幸村を見守って事態が動くのを待っている。
 幸村は何か考えているみたいだから気に掛からないだろうけど、手を握ったままという状態で私を放置しないでほしい。多くの視線が向けられている今この場は、私にとって非常に居心地が悪い。人目に晒される事に慣れていないんだ、私は。

「……幸村?」

 あまりに喋らない幸村をさすがに不審に思った私は声をかけてみる。私の声に反応したのか、少しだけ肩が動いて幸村の視線は私を捉えた。

「ねぇ、帆乃夏」
「だから呼び捨てやめてよ」

 私の言葉も今は耳に入らないようだ。落ち着き払っている態度でこれまた、ぶっ飛びすぎた言葉を紡ぐ。無表情だったのは、きっとあまりに素直に思っている事が出てしまったからだろう。





「高校で全国制覇したら、俺と結婚してくれないかな」

 手を離してほしい。そう願っていたら、後ろの席で真田くんがコーヒーを吹き出してしまった。







サーカスは開幕す





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